刃霧 要

-沈黙のテロリスト-

 刃霧くんは、最初から最後まで一言も、自分について語ることをしなかった。
 世の中とか人間に絶望しているふうでもなく、怒っているふうでもなく、哀しんでいるふうでもなく……ただ淡々と仙水に従い、その仙水がいなくなったら、やっぱり淡々と「元の生活に戻る」と言った。
 クールというよりは、虚無的。ある意味、仙水よりいっちゃってる人だと思う。
 刃霧くんがいかなる理由で、仙水に従ったのかはわからない。なんか、刃霧くんにとって仙水はどうでもいい存在であったようにも見える。仙水が負けたらしいことがわかっても、「まあ、いいさ。それなりに楽しめた」なんてあっさり言ってたしね。
 世の中をひっくり返せるものならばやってみせてくれよ、とりあえず協力はするから、って感じだったのかな。まかり間違って成功したらめっけもん、みたいな。
 けれど、それにしてはかなり熱心に協力してた感があって(幽助を殺すのにかなり無理してた)、あれは、やるからには徹底的に、ってことだったのかな……。


 刃霧くんは正義だとか真実だとかを求めてはいないような気がする(まあ、これは、幽遊キャラ全般に言えることだけど)。
 だけど、刃霧くんは何かに静かに深く怒っている。それこそ、自分自身、もてあましてしまうほどの、暗く激しい怒りを、私は刃霧くんに感じる。
 背景がまったく描かれていない刃霧くんの、唯一わかっているプロフィールが、以前、『ジャンプ』に掲載された『幽遊解体新書』というアヤシゲな企画(?)に書かれていた「私立高校に通う16歳で、父親は警官だったが2年前に殉職。酒乱だった父親を彼は恐れ、軽蔑していた。将来の夢は弁護士か犯罪者」というもの。
 要するに、刃霧くんの父親は警官という、いわゆる正義の味方な職業をしていたが、実は家では酒乱で、多分、妻や子供に暴力とかふるっていたんだろうな、ってことだな。
 確かに、こういう父親を持っていたら、正義とか国家とかいうものに、不信をおぼえるのは当然の成り行きだし、無邪気に人を信じる気にはなれないだろう。
 だけどね……それでも刃霧くんは、人間として悪いことはどうしたって悪いことで、悪いことをする連中が、なんの罰も受けずにいることに対して、どうしようもなく怒り続けていたんじゃないかな。
 それで、刃霧くんにとっての憎むべき罪というのは、殺人や盗みといった、いわゆる犯罪として扱われる罪じゃなくって、「強い者が弱い者を虐待する」という非常に基本的(?)な罪なんじゃないのかな(それは、刃霧くん自身が父親=強者にいわれなき虐待を受けていた弱者であったせいだと思う)。
 川べりで妹(あの時、一緒にいたのは絶対に妹だと思う)と猫の死骸をみつけた時も、刃霧くんは無表情の下で、力なきもの(=猫)が力あるもの(=クラスメイトの集団)に無惨に殺されたことに、怒りまくっていたんだろう。
 「そいつら狩りに行ってくるよ」と刃霧くんは言った(刃霧くんにとって、それは“犯罪”じゃなくって“狩り”なんだな……)。実際に殺したかどうかはわからないけど、少なくとも実行はしたと思う。
 何をしたって、猫は生き返らないし、生き返らない以上、刃霧くんの怒りもおさまらないだろう。それでも、刃霧くんは何かをやらずにはいられない。黙って、見逃すことができない。……ものすごーく、潔癖な子なんだな、と思う。


 刃霧くんは頭よさそうだし、あくまでも冷静な子だから、本人わかってやってるんだろうけど、刃霧くんがやってることは結局、弱い者いじめだよね。
 弱者=猫を虐げたからと言って、強者=クラスメイトを刃霧くんが殺すのは、強者=刃霧くんが、弱者=クラスメイトを虐げることに他ならないんだよね。これって、かなりなパラドックスだと思うんだけど、刃霧くん自身が圧倒的に優位な能力を用いて、自分より弱いものを殺すというのは、結局、クラスメイトたちが猫にやったことと大差ないと思うんだ(楽しみのためにやろうと、復讐のためにやろうと、結果は同じだから)。
 だからさ、刃霧くんは自分が正義の味方だとは、絶対に思ってないだろうな、って思う。自分も結局は、ヤツらと同じレベルだ、くらいに思ってるんじゃないかな。
 刃霧くんの闇は深いな、と思うのは、彼が闇の中から出ようとはせず、それでも闇に染まりきれず、弱さゆえに意味もなく虐げられるものたちの嘆きに、心を揺らさずにはいられない子だと、私には思えるから。
 その闇の深さゆえに、刃霧くんは仙水に手を貸したのかもしれない。刃霧くんはあの若さで、はやくも生きることに疲れていて、自分自身も強者も弱者もひっくるめて、あっというまに破壊し尽くしてしまえるものならば、それを見てみたいと思ったのかもしれない。
 けれど、仙水は失敗した。結局、世界は何一つ、変わらなかった。だから、刃霧くんは“元の生活”に戻るしかなかった。
 クーデターは失敗し、テロリストは孤独な“テロ”を続ける。正義も大義名分も報酬も……何も得ることができないのに(だけど、やっぱりテロは犯罪で、テロで誰かが何かを得るというのは、やっぱり間違ってると思う)。
 そのやさしさと同じ深さの闇の中で、刃霧くんは泣きも笑いもせず、沈黙を守って生き続けていくような気がする。そういう想像って、めちゃめちゃ悲しいんだけどね。

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