飛 影

-永遠のアイドル-

 飛影ちゃんは、『幽遊白書』に限らず、私が知っているすべてのフィクションに登場するキャラクターの中で、もっとも愛しい子だから、飛影ちゃんについて語るのはとても難しい。
 「ここがかわいい」と言っていると、ページがどれだけあっても足りないし(イッちゃってる話だよねぇ(苦笑))、簡潔に表現しようとすれば、「だってかわいいんだもん」で終わってしまう。要するにホドホドに書くのが難しいのだ。
 もう、飛影ちゃんが何をやっても許せちゃう。怒ろうがわめこうが、とにかくひたすらかわいい。それどころか、何かしゃべってくれるだけでも嬉しい、という完璧、ミーハーな扱いで……まさしく“アイドル”的存在である。
 私が考えるアイドルのお仕事ってのはね、「愛されること」なの。
 だからね。私は飛影ちゃんが愛されていれば、それで十分、満足で(特に幽助に愛されていれば!)、「ああ、この子は愛されてるのねぇ」って感じることができるだけで、めちゃくちゃハッピーなの。
 ああ、やっぱりイッチャッテルなあ……。


 飛影ちゃんてのは、本当に不器用で不自由な子だと思う。
 躯は飛影ちゃんに「おまえはよくウソをつく」って言ってたけど、飛影ちゃんの嘘ってのは、大抵の場合、本人、嘘をついてるって自覚がなくって、蔵馬や躯にわざわざ「それは嘘、それは本当」って、判定してもらわないといけないような嘘だね(本人、認めないだろうけど)。
 自分の気持ちを自分で把握できない……だから不自由。
 「自由に生きて欲しい」って言われても、どう生きることが「自由」なのかがわからなくって混乱しちゃうタイプでね。きっと、氷河を滅ぼすとか、妹を探すとか、明確な目的を持っていないと、一歩も前に進めなくなっちゃう。
 その飛影ちゃんがさ……今は、自分の意志で躯の元にとどまって、とりあえずは穏やかな目をして魔界で日々を過ごしている。
 一体、飛影ちゃんは何をどう学習して、ああいう生き方を始めたんだろうね。
 いつも何かを求めて……そのくせ、すっごい大事なものをあきらめてるような顔をしてたあの子は、今、何が欲しいんだろう……。


 初登場当時の飛影ちゃんはダサかった(大笑)。
 私はとりあえずあそこらへんの飛影ちゃんを見なかったことにしている(冨樫先生、ごめんなさい)。
 そして、飛影ちゃんは、幽助と桑原くんの援護をするため、再登場するのだが、そこで、桑原くんにからまれて、「なんだ貴様は死にたいのか」と答えるシーンがあって、その時の横顔のあまりものかわいらしさに、私はノックアウトされた……それが、私の飛影ちゃんへの愛の第一歩である(だから、ほとんど一目惚れに近い状態だったんだよね)。
 「ああ、こいつってば、こんなにかわいいヤツだったのねー」ってなもんで、ふるふるしながら読んでいたら、迷宮城の裏切りの門のところに飛影ちゃんたちはひっかかり、そこで、幽助は飛影ちゃんに「まかせたぜ!!」の一言で、命をあずけた。
 むちゃくちゃあっさりと命をあずけちゃう幽助に、飛影ちゃんはものすごいカルチャーショックを受けたんじゃないかと思う。
 一体、何を根拠として、幽助が飛影ちゃんを信じてくれたのかが、飛影ちゃんにはわからなくって(幽助は勘だけで動くから、根拠らしき根拠は絶対になかったんだと思うけどね)、根拠のないことに命をかける、というその感覚が、飛影ちゃんの理解の範躊からはずれまくってたんだね。
 そして、結果的に飛影ちゃんは、幽助の信頼にきっちりと応えてしまった。
 で、幽助に肩をポンポン叩かれながら礼を言われちゃって、飛影ちゃんは「フン」と答える(この時の表情がまた絶品にかわいいのだ!)。あれって、リアクションに困ってるんだよね、絶対(飛影ちゃんはリアクションに困ってることが多い(笑)。特に、幽助と蔵馬が相手の場合に)。
 この時から、飛影ちゃんは幽助という存在から、目をそらすことができなくなったんだと思う。


 幽助と再会して、しばらく経って、飛影ちゃんは人間界に来た最大の目的である(と思われる)雪菜ちゃんの救出に成功する。
 飛影ちゃんはこの時、「殺しはせん。貴様のうす汚ない命で、雪菜をよごしたくないからな」と言ったのだけど、私、これって、すっごい失言だと思うのよ。
 どこが失言かというと、わざわざ「雪菜を」って限定しちゃったあたりが、特に失言。
 ここらへんですでに、自分にとって雪菜ちゃんが特別な意味を持つ者であるってことを告白しているようなもんで、そういうことを初めて会ったはずの飛影ちゃんが言うのは、明らかに変でしょう。
 これのせいで、雪菜ちゃんに飛影ちゃんの正体がばれちゃったんじゃないかと、私は思ってるんだけど。
 で、飛影ちゃんは雪菜ちゃんに正体(?)を訊ねられて、「仲間さ、あいつらのな」と答える。
 飛影ちゃんが時雨さんと約束したのは「兄と名乗らぬこと」であったから、「飛影」と答えてもよさそうなもんだが、飛影ちゃんは自分の名前さえ口にできなくって(なんか、そこらへんすっごく飛影ちゃんっぽい気がする)、自分のことを“幽助と桑原くんの仲間”ということにしてしまう(多分、幽助もしくは桑原くんがその場にいたら、絶対に言わなかっただろうな)。
 飛影ちゃんはわりかし、嘘をつかない。言いたくないことは黙ってるし、ごまかしたい時は話をはぐらかすから(ちなみに、このはぐらかしは成功率があまり高くない。蔵馬なら、はぐらかしたってことに気づかれないようにはぐらかす)、これは、本人、認めないだろうけど本心だと思う。まあ、自分のことを個人と認識されたくなくって、その他大勢の中の一人、にしてしまったのかもしれないけど。
 そして、雪菜ちゃんの後ろ姿をみつめながら、飛影ちゃんはつまんなそうな顔をする。
 ものすごい苦労して、ようやく妹をみつけたのに、飛影ちゃんはうれしそうでもなければ、ホッとした様子もない。心底、つまんなそうな顔してるのよ(「雪菜、みつかったなー。これからどーしよー」って感じの表情だと思うわ)。
 飛影ちゃんてのは、本人ポーカーフェイスのつもりかもしれないけど、実はえらく気持ちが素直に表情に出る子なので、本当につまんなかったんだと思う。
 「氷泪石」と「妹」という、2つの捜しもののうちの1つがみつかってしまって、生きる気力が半減というところかしら……(ジグゾーパズル組んでて、完成した時に、できあがっちゃってつまんない、と思っちゃうのと同じ心理かもしれない)。
 いずれにせよ、飛影ちゃんは雪菜ちゃんとの再会を喜んでいるようなそぶりを見せなかったし、もう二度と会えない、と思っていただろうに、別れを惜しむことさえしなかった(無事を確認しただけで渦足しちゃった感じだった)。
 ここらへん、当時は「素直じゃないな、飛影ちゃん」とか思っていたんだけど、最近になって、飛影ちゃんにとってあれは、すっごい素直な行動だったんじゃないかと思うようになった。
 飛影ちゃんにとってはさ……自分が雪菜ちゃんのそばにいるってのは、すごい不自然なことなんだよ(兄妹なんだから、そばにいるのが自然ってのは、よく考えてみればすごく勝手な思いこみだった)。だからね、飛影ちゃんは、そういう“異常な状態”を喜ばしいと感じることができないし、不自然な状態から、自然な状態に戻るのは、自然なことだから、雪菜ちゃんと別れるのは当然のことだ、と感じていたんじゃないかな、と私は思うの。
 私はそういう事態自体こそが、すっごく悲しむべきことだと思うけどね。


 さて、雪菜ちゃんと再会してすぐに、飛影ちゃんは幽助たちと共に、暗黒武術会に出場することになる。
 この暗黒武術会中の飛影ちゃんは、わりと機嫌がいいことが多い。なんというか、すさんだ感じがなくって、生き生きしてるのよ(とか思ってるのは私だけかもしれない)。
 「やっぱり幽助がそばにいるから~!」とかいう、超個人的見解は横に置いとくとして、これはどうも、目的がどうのこうのという問題を抜きにして、ただ強い敵を目の前にして、より自分の技と力を鍛えていく、というシンプルな状態が、精神衛生上、飛影ちゃんにとっては楽だったからなんじゃないかと思っている。
 どんどん強くなっていく幽助、妖狐の力を復活させた蔵馬、そして、化け物じみたパワーをみせつけた戸愚呂……どれだけがんばっても、上には上がいて、なかなかトップには立てないけれど、目標は高ければ高いほど、強ければ強いほどいいんである。そして、魔界みたいに四六時中、ピリピリと神経をとがらせているんではなく、純粋に目の前にいる敵を倒すことだけを考えていればいいというのは、飛影ちゃんにとっては、すごく生きやすい環境なんだろうな、って思う。
 ちなみに、私にとっての、このシリーズでの最大の収穫は、飛影ちゃんのめっちゃかわいい寝顔でしょう。やっぱし!(笑)


 話は飛んで『頭を冷やせ!!の巻』。
 これの話をしだすと、メロメロになる私……情けなさすき………。
 飛影ちゃん、あれだけすばらしいタイミングで幽助を助けて刃霧くんを刺したからには、絶対に幽助をずっと監視していたね(しかし、首ねっこつかまれてる幽助がちょっと情けない)。
 利益があるわけでも、頼まれているわけでもないのに、他者を助けるとか、何か働きかけをする、ということを、めったなことじゃやらない飛影ちゃんが、初めて自分から幽助に対してアクションを起こしたのがこの時(おまけに、アドバイスまでしちゃって、アフターサービスも万全だ!(笑))。
 幽助ビックリだけど、私もビックリ(笑)。飛影ちゃんがここまで露骨に、幽助にモーションかける日が来るとは……(すみません。湯が沸いたような脳ミソなのは、私の方です)。
 この時、飛影ちゃんは何としてでも幽助を放っておけなかった。
 たとえば、仙水が魔界の扉を開くことに成功しても、飛影ちゃんはまったく困らない(雪菜ちゃんさえ守れればそれでいいんだもんな)。それでも、飛影ちゃんは幽助を見守り、助けてしまったのだ(そのことについて追求しなかった幽助はエライ。追求してたら逃げられてたに違いない)。
 ここらへんから、飛影ちゃんは幽助を無視できない自分を、薄々と認め始めるわけだが、その後、幽助が仙水に殺されかけている姿を目前にして、それをきっぱりと公言してしまう。それほどに、飛影ちゃんは幽助が死ぬかもしれない、という事態に、せっぱつまっていたんだろうと思う。
 「どうせ死ぬなら戦って死ぬ。あいつとな」と飛影ちゃんは言った。仙水には勝てないと断言しておきながら、勝てない相手に戦いを挑んだのだ。
 ちなみに、この「あいつ」が仙水のことを指していると解釈していた人がいて(それも複数いたな……)、それを聞いて「あいつ」=幽助としか考えていなかった(それ以外の発想がまったく出てこなかった)私は、「あれ、そういう解釈もあるのか?」と思って、もう一度、考え直してみたんだが、やっぱりどう考えても、あの「あいつ」は幽助でしかありえない、と私には思える。だってだって……理屈じゃなく、本当にそうとしか思えないんだもん……(統計的に言えば、飛影ちゃんはほとんどの場合、「やつ」という三人称を使うんだが、幽助に関してだけまず例外なく「あいつ」と呼んでいるので、「あいつ」は幽助である可能性が高い……ということになるかな?)。
 しかし、飛影ちゃんの想いもむなしく、幽助は死んでしまい、飛影ちゃんは暴走する。
 ここらへんの飛影ちゃん(もちろん桑原くんも蔵馬も)、なんだか後追い自殺を狙ってるような感じで、痛々しくて見てられないもんがあって、私はここの部分はほとんど読み返さない(苦笑)。
 過酷な戦いを乗り越えてきて、幾度も死にそうな目にあってきた幽助だったけれど、その幽助が本当に死ぬ、という事態を、飛影ちゃんは想像したことがなかったんじゃないんだろうか?
 どんなことがあっても、幽助だけは生き延びて、「おれは不死身だぜ」とか言って笑ってると、何の根拠もなく信じていたんじゃないんだろうか?(これは桑原くんと蔵馬も同じ)
 そんな予想というよりは期待を裏切られて、呆然として、やがて飛影ちゃんは怒り始めたんじゃないかと思う。仙水ではなく幽助に対して、「なぜ、殺した」ではなく「なぜ、死ぬんだ」と怒っていたんじゃないかと思う(要するに、どこまでいっても飛影ちゃんにとって、仙水はどうでもいい存在なんじゃないかと)。
 だからさ、幽助が生き返って戻ってきた時、飛影ちゃんてばあんなにバカ笑いしたんじゃないかしらね。
 「幽助が死んだなんて思ったおれがバカだった」って思って、緊張が一気にとけちゃって、ついでに常に予想外の行動をする幽助がまた、意表をついたことやってくれたぜって思って、すっごく笑いたい気分になっちゃったんだと思う(飛影ちゃんがあれだけ笑ったのって、生まれて初めてだっただろうな)。
 飛影ちゃんが求めていたものは、期待を裏切らない幽助、絶対的に信用できる幽助なのかもしれないと思う。
 何にも傷つけられず、殺されず、強さを増し、輝きをましていく……不安定なものだらけ、信じられないものだらけの世界にあって、唯一、飛影ちゃんの期待と信頼に、確実に応えてくれる、幽助という確かな存在が、飛影ちゃんには必要だったんじゃないんだろうか?
 誰も信じない、何も信じられない、とずっと思っていただろう飛影ちゃんに、言葉ではなく行動で、自分が信じるに値する存在であるとアピールし続けた幽助(もちろん、本人、意図してそうしたわけじゃなかろうが)。そして、自覚のないままそんな幽助を信じ続けていた飛影ちゃん。だから、幽助が死ぬこと、倒れること、負けることは、飛影ちゃんにとっては、ものすごく許し難い裏切り行為になる。飛影ちゃんにとっては、幽助は飛影ちゃんの期待に応える義務があるんである。
 約束したわけでもなく、報酬をはらったわけでもなく……だけど、幽助は飛影ちゃんの意に沿わないことはしてはいけない。それは重大な背任行為だから。
 それはただのエゴだけれど、それでもいいじゃない。飛影ちゃんはもっと、わがままやっていいし、あまやかされていいんだと、私なんかは思うんだよ(これは私のエゴかもしれないけど(苦笑))


 私が考えるに、飛影ちゃんてのは、幽遊の連載中、“不自然な状態”が一番、多かった子なのよ。
 実は、初期の頃は飛影ちゃんをずぶとい子だと思ってたんだけど、あれってかなりな勘違いだった。飛影ちゃん、もっともっと神経太くした方がいい(といっても、本人が意識して太くなるもんでもない)。とにかく、慣れてないことが多すぎるから、よく戸惑うし、よく迷う。
 初物な状況(って表現が変?)に陥った時は、過去の経験と照らし合わせて、類似したケースを検索し、それに沿って、対策を考える……といったあたりが妥当な対処法だけれど、飛影ちゃんにはそれができない。なぜならば、この子にはほとんど人生経験がないんである。
 飛影ちゃんて、実はものすごくワンパターンな人生を生きているし(殺し合いだけで幼年期を過ごした子だからねぇ……)、他人とある程度以上の深さのコミュニケーションをとった経験もほとんどないから(時雨さんぐらいだろうか……)、とにかく遭遇したことのないシチュエーションてのが多すぎるんである。
 で、この子ってのがまた、そういう新しい状況とか環境といったものに、慣れるのに時間がかかる。要するに、環境適応能力が低いの。
 だから、ああいうめまぐるしく状況が変わる状態にあって、いつも不自然な状況の中にいるような感じになってしまうんじゃないかと思う。
 飛影ちゃんはすごく感情的なうえに理屈っぽい性格で、その時の素直な感情で動いてるくせに、それに理屈を付随させたがる(要するに、自分の行動について、常にいいわけを必要とする)。本音が大事なくせに、建前を大事にすると言ってもいい。
 感情に実に素直に従って動いたあとで、それにくっつける理屈をさがしはじめる。だから、表層意識と深層意識を合致させるのに、すごいタイムラグが発生しちゃって(いつまでも合致しないこともある)、言動に矛盾が生じてしまう。
 そこらへんで、なんで理屈なんか必要なんだ、とつっこまれたりしたら、飛影ちゃん、すっごい困るだろう。なぜならば、本人それすら自覚がないから。
 だいたい、飛影ちゃんてば自覚してないことが多すぎ!
 自分が今、どんな顔してて、何を考えてて、本当は何がしたいのか、何が欲しいのか……まったく自覚がないことが多い(で、そこを蔵馬や躯につっこまれるわけだ)。
 困ったお子様だな……(苦笑)。


 常々、思っていたことなんだけど、飛影ちゃんには「幸せになりたい」という意識が稀薄だよね。
 もっとも、そんなことを飛影ちゃんに言ったら、「幸せ? なんだそれは」とか言われそうだけどね……うーん……飛影ちゃんの定義する“幸せ”ってどんなもんなんだろうか。
 なんかね。幽助とか蔵馬とかコエンマさまは、何も捨てないことで幸せになろうとしているけれど、飛影ちゃんはすべてを捨てることで幸せになれると考えているようなフシがある。
 もしかしたら、「何も持っていないこと」が幸せだと思ってるかもしれない。だって、何も持っていない限りは、何も失わずにすむから。大事なものがあるからこそ、常にそれを喪失する不安におびえていなければならないから。
 飛影ちゃんは、命が消えるその間際……とっても幸せそうな顔をする(仙水に殺されかけた時も、時雨さんと相討ちになった時も、なんかホッとした顔をしていた)。それって、命があるから……生きているから不安を感じているわけで、死ねば安らかになれると思ってるせいじゃなかろうな……。
 「ようやく終わる」とか思ってんだろうな~。イヤだな~。「おれはまだまだ死にたくないぞ!」くらいわめいて欲しいと思うよな~。
 生きるということは責め苦でしかないわけ? 大切なものは重荷でしかないわけ?
 ああ、暗い。暗すぎる……。だから、飛影ちゃん見てると、意地でも幽助とくっつけたくなるんだよね(それは私の思考回路が狂ってるだけ?)。
 飛影ちゃんてのは、世に出たその瞬間に、母親を殺してしまうことが定められていた子供だった。
 母親を犠牲にすることでしか生まれることができない子供……そのくせ、母親の遺伝子を何ひとつ受け継がず、自分の中に母親をとどめることを許されない。
 遺伝子を引き継ぐことだけが、生殖の目的であるのならば、忌み子ってのは自然の摂理からはずれた者なのだ(遺伝子を100%継がせるというのも、生物進化の面から見ればかなりはずしてると思うけど)。
 母親の命を完璧に破壊しつくして生まれた子供(神話では火の神は母親を殺して生まれる、と相場が決まっているから、飛影ちゃんが炎の妖気を持っているのは当然なのかもしれない)が飛影ちゃんで、そんな、母親を殺さなければ生まれることができなかった子供が、誰かを殺さなければ生きていけなかったってのは、その子供にとって二重三重の不幸。
 そんな飛影ちゃんに誰が、命の尊さについて説けるっていうんだろう?
 自分の命と、自分が生きるために失われた命の、どちらがより重くてどちらがより軽いかなんて、誰にも決められない。だけど、飛影ちゃんは生まれた時に押しつけられたのだ。母親の命よりも子供の命の方が大事なのだと。そして、その決定を、飛影ちゃんはずっと受け入れることができなかったのかもしれない。もう、結果が出てしまっているにも関わらず。
 だから、飛影ちゃんは生きていくことが難しい。自分の命の価値を認められない。
 だけどね。それでも、飛影ちゃんは飛影ちゃんなりに、ものすごく真摯に生きてきたよね。いつ死んでもかまわないって思いながらも、もがいて苦しんで、あの子なりに必死に生き延びてきたんだよね。
 飛影ちゃんは力の限りを尽くして、生まれながらに得ていた心の病み(「闇」の打ち間違いではない)と、闘い続けていて、時折、その病のために疲れ果て死にかけたりもしたけれど、それでも立派に生き続けたじゃないの。
 飛影ちゃんが持つ、悲しいほどの弱さともろさは、時に自身を死の淵へと立たせるけれど、それでもちゃんと死なずにいるわけで……それが、飛影ちゃんの強さでありしぶとさなんだと思う。
 お願いだから、これからも強く生きてね、飛影ちゃん。


 飛影ちゃんは、強くなりたい、という簡単な理由で魔界に渡り、躯の元に行った。そこで飛影ちゃんは、殺し合いで明け暮れた昔の生活に逆戻りすることを強いられる。昔とまったく変わらぬ生活……けれど、飛影ちゃん自身はもう変わってしまっている。生活は逆戻りしても、飛影ちゃんは本当の意味では逆戻りできない。
 氷泪石さえも、今度は飛影ちゃんを救ってはくれない。それが、自分のものではなく雪菜ちゃんのものだからではなくって、飛影ちゃんはもう、氷泪石よりもずっと大事なもの、自分の気持ちを和ませてくれるもの、救ってくれるものがあることを知ってしまったから……もう、氷菜さんの氷泪石ではものたりない。
 氷泪石は心を和ませてはくれるけれど、声もかけてくれないし、笑いかけてもくれない……昔は万能であった母親の愛が色あせてゆくのは、もっと強くて鮮やかな愛情を受け止める心地よさを、飛影ちゃんが知ってしまったから。
 けれど、その変化に飛影ちゃん自身は気づけなかったと思う。氷泪石が以前のような安らぎを与えてくれないことを、ただ不思議に感じていただけなんじゃないかなあ、と。
 どんな時でも、自分の気持ちを和ませてくれた氷泪石の効力がなくなり、殺し合いですさむ心を立て直すことができないまま、さらに殺し合いが続く……そんなことが、氷泪石を探すという目的を失いぐらついていた飛影ちゃんの気持ちを、どんどん暗い方へと向かわせていったんじゃないかと思う。
 飛影ちゃんは、時雨さんと対決して相討ちになった時、「相討ちか、悪くない」と思いながら笑う(飛影ちゃんてば、死にかけてるのに笑ってるのよ!)。そして、「悪くない…か、昔のオレなら考えられんな。いつからこうなった」と自問する。
 飛影ちゃんが、自分が精神的に変化している、ということをはっきりと自覚したのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
 変わっていく自分に対して、いつも言い訳して、自分はまったく変わっていないと、頑固に信じ続けた(というか自分に言い聞かせ続けた)飛影ちゃんが、ことここに至って、ようやくみずからの変化を認めている。
 「悪くない」ってのは、一体、何が悪くないんだろう?
 私は、「勝てなかった」ことが悪くない、という意味だと解釈している。勝てなかった自分をあっさりと許してしまえるようになった……それは飛影ちゃんにとっては、すごい画期的なことだったんじゃないかと。
 氷泪石を自分の不注意で失って、それを探すための邪眼をつけるために受ける苦痛と妖力の低下を、氷泪石を失わせた自分自身への罰と受け止め、都合がいい、なんて思うような、自分にとてつもなく厳しい子が、「負けたけどまあいっか」とか思っちゃうんだから、それは確かにものすごい変化(軟化?)かもしれない。
 この後、甦った飛影ちゃんは、暗い方向への暴走を止め、躯の元でずいぶんと落ち着いて生活しているようだけど、一体、なぜに「死を求める」ことを止めたのか、が私にはわからなかった。
 何か、劇的なことが起こったわけではないようなのに、雪菜ちゃんも幽助もいないところで、飛影ちゃんは独自に回復してしまっていた(まさか、躯が飛影ちゃんを説得したなんてことはないだろう)。
 私ね、飛影ちゃんは甦ってからずっと「いつからこうなった」という疑問について、ずっとずっと考えていたんじゃないかと思うの。
 自分自身に対してあまり興味がなかった飛影ちゃんが、初めて自分について考え、過去を振り返り(ここらへんは躯の影響があったかもしれない)、重大な目的がなくっても、実はちゃんと生きていける(生きていたこともあった)ことに、気づいたのかもしれない。
 もっとも、ここらへんの推測に関しては、かなり自信がない(私にとっては飛影ちゃん、最大の謎だわよ)。データがなさすぎるしね……(冨樫先生は読者に親切じゃない!)。
 実は、あの死を求めて暴走していたあたりは、ただの気の迷いで、本当に死んじゃったことで迷いがはれただけかもしんないな。
 それとも、躯の過去をのぞきみさせられて、実は他の連中も自分と同じように生きるに困っている(生活的にではなく精神的な問題で)、ということを知って、気持ちが軽くなったのかもしれないな……うーん……だけどやっぱり納得しきれないものが……(私が何が納得しきれないって、要するに幽助がいないところで飛影ちゃんが立ち直ったことなのかもしれないとも思う……ホントに思考回路が狂ってるな……)。


 飛影ちゃんが躯に「ハッピーバースディ」と言った時にね……あんまり飛影ちゃんが男っぽくって、ホントに驚いた。もう、すっごいショックだったよ。
 「この子は、いつの間にこんなに大人になったんだい!」って、わめきましたね~(大バカ)。
 それで、「男っぽい」って驚いて、あらためて私が飛影ちゃんを「男」として見ていなかったことに気づいたという……。
 「男」と「男の子」は違うよねぇ。幽助は時々、すっごく男っぽかったけれど、飛影ちゃんを男っぽいと思ったことはなかったなあ(そういえば、蔵馬のことも男っぽいと思ったことがない……なんか「男」というより「大人」という感じなんだな……)。
 変な話かもしれないけど、飛影ちゃんが男っぽくなって、すっごいさびしかった。
 飛影ちゃんが成長していくってのは、飛影ちゃんにとって喜ばしいことだとは思う。うん。それでもね……ダメなんだね……ここらへん、我ながら情けないけどねぇ……。
 ホントに、私ってば飛影ちゃんに対して理性が働かない女(もう笑うしかないでしょう)。


 飛影ちゃんの理解を超えた、未知の存在である幽助。
 飛影ちゃんが躯に語った、「あいつ自身は単細胞だが、わけのわからん奴でもある。何をしでかすか見当もつかん。結果だけ見れば、なるほどあのバカらしいなと思うがな」という幽助評は、ものすごく的確で正直だと思う。
 おそらく、当初は飛影ちゃんも幽助の行動を読もうとしたこともあっただろう。しかし、それはことごとくはずれ、結局、「考えるだけ無駄だから、考えない」と結論づけたんだろう。……うん。正しい行動だな。
 遠く離れて暮らしていても、幽助は飛影ちゃんにとって特別な存在。
 霊界クーデターの時、幽助がスイッチを押す瞬間を、物陰で腕組みして待っていた飛影ちゃん。
 もろともに吹っ飛ばされてもいいんだと……幽助に命運をあずけて……静かに穏やかに時を待っている。
 コエンマさまには「霊界の責任者として逃げるわけにはいかない」という名目があるけど、飛影ちゃんにはそれがない。言い訳もなんにもきかないところで、飛影ちゃんは幽助と運命を共にしようとする(後で、蔵馬あたりにねたまれそう(笑))。
 共に魂が消滅したところで、何がどうなるわけじゃない。幽助と一緒に、すべてが終わる、というだけのこと。……それを飛影ちゃんは選んだ。
 だからね。飛影ちゃんは、最後に選びたいものを決めることができたから、もう大丈夫だと思う(何が大丈夫なんだ、と訊かれるとちょっと困るものがありますが……)。

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