仙水 忍

-悪魔になれなかった天使-

 私は仙水のことを怒っている。ずっとずっと怒っている。ここまで怒りが持続するあたりに愛を感じるな、ってくらいに怒り続けている(だから、「仙水はかわいそうな人だった」と思ってる人は、この文章は読まない方がいいです。絶対)。
 何に怒ってるって、この人、結局、自分が悲しいこととかつらいこととか苦しいこととかにこだわり続けて、他のことなんかまったく目に入ってなかったでしょ。そこが許せないのよ、私。
 「せめて、樹さんとコエンマさまのことぐらい見てあげなさい!」と怒鳴りたくなる。
 こういうのって、比べられることじゃないけれど、樹さんもコエンマさまも、いっぱいいっぱい悲しくてつらくて苦しかったはずなのよ。それでも、仙水のことを心配して、守りたい、救いたい、力になりたい、とがんばっていたのよ。それに気づかないで、自分がどれだけたくさんの人間とか妖怪とか運命とかに傷つけられてきたか、ということを思い返してはまた傷ついて……それでどうしてそんな自分がどれだけ樹さんとコエンマさまを筆頭にした他の人たちを傷つけているかに対してまったく無自覚なんだ!(ああ、のっけからケンカ腰……いつもこうだから、仙水ファンに嫌われるのよね、私(苦笑))
 仙水のせいで、幽助、一度、死んじゃって、飛影ちゃんも蔵馬も桑原くんもすっごく泣いて(ついでに私も泣いた!)、それでそれで、「仙水はかわいそうな人だからしょうがない」なんて絶対に私は言わない!(通り魔がどんなに気の毒な事情をかかえていたからって、好きな人を殺されて、「そういう事情があるんなら、許してあげる」なんて、私には言えない)
 コエンマさまに、仕事と立場を投げ捨てて「共に地獄に堕ちよう」とまで言わせて、樹さんを自分が死んだ後まで縛りつけて……そこまで捨て身の愛情を示されながら、それでも満足できず、自分の苦しみとか悲しみに囚われ続けた……ああ、なんてバカ!!!!!
 私はね。仙水は決して不幸なばかりではなかったと思っている。
 コエンマさまと樹さんにあれだけ愛されていたことが、不幸であったわけはないと思っている。
 だけどまあ、樹さんもコエンマさまも大失敗してるよね。二人とも、仙水をあまやかしすぎ!(苦笑)
 樹さんはともかく(この人には、仙水を更正させる、という発想ないだろうから)、コエンマさまは一回ぐらい、仙水をひっぱたいてやるべきだったと思うね(本気で)。
 樹さんて、仙水のすべてを肯定している人で、実際、仙水にはそういう存在が必要だったと思う。
 常にそばにいて、何をやっても許してくれて、「おまえは間違っていない」と言い切ってくれる存在がいなければ、仙水は生きていけなかった。仙水が壊れるギリギリのところで、ふんばることができたのは、樹さんの功績だろう。
 けれど、それも程度問題で、樹さんてば程度を知らない(笑)。
 仙水は際限なく樹さんにあまえていたし、樹さんも際限なく仙水をあまやかした(すごくよくないし、コワイことだよ)。
 だけど、仙水があれだけ怒り嘆き続けるのには、膨大なエネルギーが必要だったんじゃないかと思うわけで、それが持続してしまったのは、横で樹さんがエネルギー補給してたせいかもしれないと思うわけで……仙水があれだけの長きに渡って苦しみ続けたのは、樹さんのせいかもしれない(ふんばらせていた、というよりは生殺しにしてたのか? 怖すぎ……)。
 結局、樹さんは仙水を生かしたかったのか、壊したかったのか。仙水は生きたかったのか、壊れたかったのか。……はかりしれないドロ沼の深さだ……。


 仙水は、コエンマさまの元を離れて、行方をくらました時、本当はコエンマさまに追っかけてきて欲しかったんじゃないのかな。
 仕事も立場もかなぐり捨てて、なりふりかまわず必死で探しまくって、そうしてみつけだして「おまえが霊界探偵でなくなっても、ワシにはおまえが必要だ」くらい、言って欲しかったんじゃないかな。
 多分ね。仙水にとっては、コエンマさまは行動を起こすのが10年ほど遅かったんだね。
 入魔洞窟の中で、コエンマさまは仙水を止めることに失敗したけれど、仙水にしてみれば、今さらそんなこと言っても遅いよ、死を目前にして、もう取り返しのつかないところまで来てしまったところで、手をさしのべられてもどうしようもないよ、という気分だったのかもしれない。
 多分、最初から最後まで、仙水はコエンマさまだけは信用し続けていた。行方をくらました時だって、霊界と人間たちに対する不信はあっても、コエンマさまに対する気持ちにゆらぎはなかったと思う。
 仙水は、もうどうしようもない人だったけど、それでも誰かがどうにかできるとしたら……それは、コエンマさまだけだっただろう(樹さんにはそういう意志がないからダメ)。
 だけど、コエンマさまがどうすれば、仙水は満足したんだろう。
 コエンマさまに霊界での立場とか仕事を捨てさせて、ずっとそばにいてもらって、「おまえに罪はない」と、言い続けてくれれば、それで満足できたんだろうか?
 多分ね。それでもダメだね。そんなことコエンマさまにはできないだろうし、仙水もそんなコエンマさまを望んでいたわけではないだろうと思う(仙水にとってのコエンマさまは、あくまでも仕事付きのコエンマさまのような気がするから……)。
 本当に仙水が望んでいたのは多分、「妖怪は常に悪で、自分は弱い人間を悪から守る正義の味方なんだ」という幻想を、一生、信じ込ませてもらうことだったんだと思う。だけど、そういうものをコエンマさまに求めても無駄。だって、コエンマさま自身も、そう信じることができれば幸せに生きることができるのに、それができなかった方だから。
 自分が知らずに犯してきた罪を、目の前につきつけられて、逃げることもできずに怯え続けて、御手洗くんのように、罪を罪と認めたうえで「でも変わる」と言い切ることもできず、同じ場所にうずくまり続けて……それで、何かが良い方向に変わるわけもなく……やっぱり、どう考えても、仙水が悪いと私は思うぞ!(すみません。私、どうやってもやっぱり仙水が全部悪い、ということでカタがついちゃいます。それ以外の方向に思考が向きません)


 「死んでも霊界には行きたくない」というのが、仙水の遺言だったそうだけど、それってどういう意図だったのかな、と思う。
 霊界の基準で自分を裁かれたくない、という気持ちはわかる。うん。もしかしたら、コエンマさまに裁かれたくない、という気持ちも入ってたんじゃないかとも思う(樹さんもねぇ。仙水の魂を誰にも渡したくない、というのも本当だろうけど、特にコエンマさまに渡したくなかったんじゃないかねぇ……ジェラシーだねえ(苦笑))。
 でも、魂が一度、霊界に行かないと、生まれ変わることもできないわけで、そうなると最後の「次こそ魔族に生まれますように」という願いは、どうやったって叶わないわけで……えらい矛盾じゃないか、と私なんか悩んじゃうわけで……うーん……最後までわがままなヤツだったんだな(それとも、それが矛盾するってことに気づいてなかったのか?)。
 でも、並び立たないだけで、どちらも本心からの言葉であるのは確かだと思う。
 多分、唯一、仙水が憧れた人物は幽助で、仙水はね、幽助になりたかったんだと思うの。
 仙水が欲しかったもの、捨てなければいけなかったもの(コエンマさま?)を、幽助は持っていて、あげくに仙水の憧れの魔族にまでなってしまって……もう、うらやましくてうらやましくて仕方なかっただろうな、と思う。
 あの幽助を見てたら、自然と「魔族に生まれますように」って言葉が出てきちゃったのかな……とも思う。
 まあ、樹さんは仙水の言質をすでにとっている、ということで、最後の言葉は無視して、魂を独り占めしたけど。


 仙水にとってコエンマさまの存在ってのは大きかったんじゃないかと思う。
 誰にもわからないところで、一人っきりで闘い続けてきた仙水に対してコエンマさまは、その力を認め、必要だと言ってくれて、存在価値を高く評価してくれて、妖怪との殺し合いに「人間を守るため」という大義名分を与えてくれて、闘いが終わった後で「よくがんばったな」とねぎらいの言葉をかけてくれたんだろうな。
 コエンマさまは、仙水に自身の存在価値と生きる目的を与えてくれた人であり、初めてやさしくしてくれた人であり……多分、仙水にとっては、絶対に間違いをおかさず、常に正しく、自分を導いてくれる人だったんだろう。
 けれど、実際には、コエンマさまだって間違えるし、迷うし、いつも仙水が欲しいものを確実に与えてくれるわけじゃない。
 仙水は行方をくらます直前、コエンマさまに「人間は生きるに価する種族か」と問いかけ続けたらしいが、そんなことコエンマさまが出すべき答えじゃないと思うし、実際、コエンマさまは答えられなかったんだろう(コエンマさまってば、結構、きまじめだから、うまくまるめこむこともできなかったんだろうな)。
 人間に絶望し、絶望にあがいている自分を救う力を、コエンマさまが持っていなかったことで霊界にも失望し、結局、よりどころを求めて、仙水は樹さんにすがりつくしかなかったんじゃないかと思う。
 出会った時、「人間くさい」という理由で、仙水のそばに居座った樹さんは、転じて、「妖怪だから」という理由で、仙水のそばにただ一人、居座ることを許された。樹さんてのは、どこまでもどこまでも、仙水に都合のいい存在であり続けたわけだ(まぁ、樹さんが意識的にそうしてたってこともあるだろうけど)。
 結局、コエンマさまにはできなかったことが、樹さんにはできたんだけど、それでも樹さんはコエンマさまにはなり得なかった。樹さんがどんなに献身的に尽くしても、仙水は心の底の方で、コエンマさまを求めていたんじゃないかと思う。
 「忍」は一度も樹さんに痛そうなそぶりを見せなかったそうだけど、もし、そこにいたのがコエンマさまだったら、「忍」はどうしたかしら、と思う。「痛い」って泣きつけたかもね、コエンマさまになら。
 それにしたって、樹さんに「痛い」と言えなかったってのは、えらい話しだな……一体、仙水にとって樹さんてなんなわけ?
 自分になんで樹さんがついてきてくれるのか、って考えたことあるのかな、って思う。
 ないような気がするな……それが自然で当然のことだと思ってるような気がしてしかたないんだよね。あまやかしてた樹さんも悪いけど、平然としてあまえてた仙水も悪いよね……。


 結局ね。仙水ってのはとてつもないナルシストでエゴイストで(ナルシストな人がエゴイストでないわけはないな(苦笑))、すっごく心の弱い人で、自分のことしか見てなかったから、自分にさしだされた救いの手が見えなくって、そのくせ「誰も救ってくれない」って嘆いてるようなヤツだったと思うわけ。
 まったくねぇ……せめて、樹さんのことを幸せにして欲しかったなあ……樹さんを幸せにできるのは仙水だけだってことに、仙水ってば気づいてたのかなぁ……気づいてないだろうなぁ……ああ、こういう無自覚にはた迷惑なヤツって、私は嫌いなんだよ(幽助は自覚はあるらしい)。
 仙水の生い立ちは、確かに悲惨だった。かなり不幸だったとも思う(ところで、仙水の親ってどうなってんだろう)。でも、この人が幸福になれるチャンスはあったのだ。確かに。
 ただ仙水のことを「かわいそうな人」で終わらせるのはイヤなんだよね。ものっすごっく!
 幽遊のコミックスの最終巻の巻末イラストで、冨樫先生は仙水のことを、白い羽根を持ち両手を戒められた天使として描いている。天使は地獄に堕ちて悪魔になるというけれど、仙水はさながら、羽根を持ちながら天国に戻れず、地獄に堕ちて悪魔になることもできず、地に縛られ、ほこりまみれになって生きることを強いられた天使だ。
 でも、天使が地上で幸せになれる道だってあるかもしれないじゃない。天国に戻れなくったっていいじゃない。わざわざ地獄に堕ちなければならない必然性もないじゃない。
 だからさ……どうして、今、生きている場所(というか環境)で、幸せになる道を探そうとしないかな……。
 結論。私はやっぱり仙水のことを怒っている。以上。

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