戸愚呂・弟

-一億年の罪人-

 おバカで不器用でどーしよーもなくうっとうしいヤツ(苦笑)。
 どうせおバカになるんなら、幽助レベルまでおバカになればよかったのに、それができなくって、中途半端にバカをやってて、あーゆーしょーもない事態になったんじゃないかと私は思ってる。
 だいたい、私は戸愚呂よりも幻海師範の方がよっぽど気の毒だと思っているので(たいがいの場合、私は女性の肩を持つ(苦笑))、あんまり同情する気にならないんだな。うん。


 戸愚呂って、妖怪になりたかったんじゃなくって、人間でいたくなくって、妖怪になることを望んだんじゃないかなって気がする。
 自分の大事な仲間と弟子が、目の前で無惨に殺された時、戸愚呂をおそったのは、深い哀しみとどうしようもない無力感だったんじゃないんだろうか?
 暗黒武術会の決勝戦で、桑原くんを失ったと思いこんで、悲しみに打ちひしがれる幽助に向かって、戸愚呂は「今、お前は無力感に病んでいるのだろう!?」とわめいた。
 それは仲間と弟子を殺された時の戸愚呂の心境、そのものだったに違いない。
 無力感に病んだ戸愚呂は……結局、その病を克服することができず、50年もの間、病んだまま妖怪として過ごした。
 そこまで病が持続してしまったのは、本人に治療する気があんまりなかったせいなんじゃないかと思うわけで……ここらへんですでに、戸愚呂ってば大バカヤロウ(苦笑)。


 老いて弱くなっていくことを怖がっていた戸愚呂にとって、強さ、というのは、絶対的な価値観だったんだろうか? 弱くなる、ということは、自身の存在価値を失うということだったんだろうか?
 幻海師範は「あんたが年をとれば、あたしも年をとる。それでいいじゃないか」と言った。
 それには、「あんたが弱くなっても、あんたはあんただよ」という意味が含まれていたと思うのよ。私は。
 けれど、そんな幻海師範の言葉は戸愚呂には届かなかった。
 強くあり続けることを望んだ男は、結局、ただ一度の敗北から立ち直ることができなかった。その敗北の結果、失われたものがあまりにも大きすぎて……。
 強さよりも、大事だったはずの仲間と弟子を、弱さゆえに失い、そして、再び強さを得てかたきをうっても、すでに失われた命は戻らない。強さは手に入れることができるけれど、それよりももっと大事なものは永遠に失われたままなのだ。
 それが、戸愚呂には耐えられない。そして、絶望のあまり、人間であり続けることを拒み、妖怪となり、その結果、一番、大切だったはずの幻海師範との未来を失った。
 妖怪になれば、何かを得られると思ったわけじゃないだろうけれど、もしかしたら、自分が人間であり続けることが、人間として死んでいった大切な者たちに対して、失礼だと思ったのかもしれない。こんなに情けない男が、彼らと同じ存在であっていいわけはないと、戸愚呂は自分を潰煉と同じものにおとしめてしまいたかったのかもしれない。
 とにかく、はっきりした理由はわからないけれど、戸愚呂は妖怪になりたかったんじゃなくって、どうしても妖怪にならなければならなかった。それは、戸愚呂の中では必然だったと、私は思う。
 持っていた大事なものすべてを捨てて、人間としての自分をきれいさっぱりと消し去って……そうなったらもう、戸愚呂はさらに強くなるしかない。それだけしか戸愚呂には残されていない。
 放浪を続け、罪を重ねる。傷は癒されず、病は重くなるばかり。そんな中、ひたすらに救いを求める。
 救いとは、裁かれること。それを与えるにふさわしい者の手により、ふさわしい罰をくだされること。
 罪を償うことではなく、罰を与えられることを望む。彼には、罪の償い方などわからなかったから……そもそも、償いがつくような軽い罪とは思っていなかったから……ただ漠然と、罰をくだしてくれる者を待ち望み、50年の歳月を経て、幽助に出会う。
 幻海師範が唯一、弟子と認めた者であり、自身が学んだ霊光波動拳の継承者でもあり、昔の戸愚呂に近いものを持った幽助ってのは、戸愚呂にとって、すべてを精算するに、これ以上は望めないほどの適任者だよね。
 そして、戸愚呂は幽助との決戦を前にして、幻海師範を殺すという、最後の罪を犯した。
 あれをコエンマさまは「命をかけた我の張り合い」と称したけれど、あの時の戸愚呂にとっての命をかけるほどの「意地」ってのは、一体、なんだったんだろう……年老い、雲光玉を幽助にゆずってしまった幻海師範が、戸愚呂に勝てるはずがないのに、それでもわざわざとどめをさしたのは、なぜだったんだろう、って思う。
 あれは儀式のひとつで、幻海師範という生け賛を屠ることによって、戸愚呂は「完璧な妖怪」になることができると思っていたのか、それとも、命がけで立ち向かってくる幻海師範に対して敬意を示したのか、他に理由があったのか……それはわからない。
 わかるのは、戸愚呂と幻海師範の間では、それは決して避けられない……どちらかが死ぬか、意を曲げるかするまでは決着がつかない決闘であると(そして、どちらかが意を曲げることなんてあり得ないだろうと)、話し合いをするまでもなく、決定していたことだったんだろうな、ということ。
 戸愚呂と幻海師範てのは、道を違えはしたものの、最後まで、互いが互いの最高の理解者だったんだろうと思う。そして、戸愚呂はそんな幻海師範に、あまえすぎていたんだろうと思う。
 戸愚呂の行動ってのは、すごい厳しい見方をすれば、「償い」という名の「逃げ」とも言えるわけで……要するに、償いをしたいって気持ちはわかるけど、やり方がとことんまずいわけで、そこらへんが幻海師範がどうしても許せなかったところだろうと思うわけで、だけど、許すことはできなくても理解はできちゃうから、幻海師範はツライ。で、そういうふうに幻海師範がツラい思いをしてるってことに、戸愚呂がいくら哀しみに目がくらんでるったって、まったく気づかなかったってことはないだろうと思うわけで、それでも幻海師範をうっちゃってつっぱしってしまったってのは、幻海師範ならわかってくれるだろう、というあまえた気持ちがどこかに絶対にあったせいなんじゃないかと思うわけよ。
 だってねぇ……幻海師範かわいそうよ。死んでしまった仲間と弟子のことを、忘れることはできないだろうけれど、その哀しみに溺れて、生きている幻海師範を苦しめたってのは、私にとっては、絶対に許せないことなわけよ。
 差し出された救いの手を振り切って、戸愚呂は間の世界へと深くわけいり、たくさんの血を流し、鴉さんや武威さんを引き入れ、左京さんと出会う。
 戸愚呂にとって左京さんは憧れの人だったのかもしれない。
 あの、生まれながらの闇の世界の住人であるかのように、罪の呵責を負うこともなく、救いも裁きも必要とせずに生きている左京さんを、戸愚呂がうらやんでも不思議はないと私は思う。そして、そんな左京さんに惹かれて、その配下としてそばにとどまることを選んだんじゃないかと……。
 戸愚呂が償いを求める心だけで、妖怪であり続けたとは、私は思わない。さらなる強さを求めていた部分も、少なからず含まれていたんじゃないかと思う。だから、いいわけを必要とせず、迷うこともなく、純粋に力のみを追求できたなら、戸愚呂は幸せになれたのかもしれない。だけど、戸愚呂は左京さんのようにはなれない。あそこまで、ふっきることができない。
 50年の歳月をかけても。
 結局のところねぇ、戸愚呂ってごまかしのきかない男なんだろうな、と思うわけ。融通がきかないというか、頭がかたいというか……。頑固もいいかげんにしろよなー、つまんなくはない意地だけど、そのために幻海師範を泣かしてどうするつもりなんだい、って思う(笑)。
 それでも、戸愚呂にはそういう生き方しかできなかったんだよね。そういうもんなんだよね。忘れたいことを都合よくきれいさっぱり忘れられる人なんて、結局、どこにもいないんだろうし……。
 話がそれまくったので、軌道修正。
 戸愚呂に裁きをくだすべきは、人間である幽助でなければいけなかった。昔の戸愚呂と同じ、大切なものを失い、無力感に病み、嘆き悲しむ男でなければいけなかった。そして、その嘆きを乗り越えられる……昔の自分がはまりこんだ闇の底から、はいずりあがってくる男でなければいけなかった。
 要するに戸愚呂は、おまえが全部、悪いんだと……あれは乗り越えることの可能な試練だったのだと……ただ、おまえが弱くてだらしなかっただけなんだと……誰かにみせつけて欲しかったんじゃないかと思う。
 人間だったから弱かったのではなく、ただ自分が弱かっただけなのだと、人間は妖怪に劣る存在ではないのだと、言葉ではなく力で証明してくれる人間に、めぐりあいたかったんじゃないかと思う。
 多分、戸愚呂は人間という存在を愛し、誇りに思っていたんじゃないかな。だからこそ、人間だから、という理由で踏みにじられる理不尽を、許しておけなかったんじゃないかな。ずいぶんと迂遠なやり方ではあったけれど。
 幽助に人間の持つ力と可能性を証明されて、戸愚呂は満足して死んでいき、霊界の裁きを必要とせず、自分で自分を裁き(ここらへん、仙水よりも偉いと思う)、やり直しを拒み、冥獄界へと堕ちた。
 幻海師範がそう思ったのなら、きっと戸愚呂にとってはそれ以外に選ぶ道がなかったんだろうと思うけれど、そこまで自分を痛めつけて、それでも自分を許せないその潔癖さを痛々しく感じると同時に、やっぱりこの男はバカだよなあ、って思う。
 ホント、幻海師範の言う通りだよ。幽助とはまた別の意味で、死んでも治らないバカ。
 最後まで幻海師範を泣かせっぱなしで……でも、幻海師範にとっては戸愚呂以上の男はどこにもいなかったんだね……(なんか、幽助に対する螢子ちゃんみたいだよ)。
 原因がなんであれ、戸愚呂が犯した罪は罪で、やっぱり私は許せないけど(雪菜ちゃん泣かしたし……)、それでも、戸愚呂はとっても真摯に生きていた人だったんだな、って思うから……この人のことが好きなんだな、私は。

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