黄 泉

-仮面をかぶり続けた男-

 黄泉……幽遊キャラ一、変わり身のすごかった方(笑)。
 長く動かなかったものほど、一度、動き始めちゃうと、もう誰の想像も追い付かないとこまで一挙に動いちゃうってのは、歴史的にも証明されている事実だけど、あの黄泉の急激な変化も、そういう類いのものじゃないかと思っている。
 それにしても、あれだけ見事に変化しちゃったってのは、やっぱり黄泉の中に変化したがってた部分があった、ということなんだろうね(まあ、変わったんではなく、元に戻った、という見方もあるが)。
 黄泉は、昔の自分のことをバカだった、と言ったけれど、この人は知能レベルはかなり高い。高くなきゃ、あんな大きな国はつくれないと思うし、本気でバカだったら、あの蔵馬が自分の副将に据えたりはしないと思う。
 黄泉が言う、自分のバカさかげんてのは、おそらく、なぜ自分が蔵馬に切り捨てられたのか、ということを考えた時に「自分がバカで無能だったから」という結論が出てしまって、蔵馬がそう判断したということは、実際、自分はバカなんだろうと思った、ということなんだろうと思う。
 当時の黄泉には、蔵馬は絶対に間違えない、という絶対の思い込みがあったので、蔵馬の判断は常に1 0 0%正しいことになっていたんだろう(それこそが、黄泉の最大の勘違いだったと私は思うんだけど)。
 そして、蔵馬が魔界から去ったことを知った黄泉は、蔵馬と共に見た国を興すという夢を、ひとりで叶えようとする。
 推測するに、それは黄泉が納得しきれていなかったせいだと思う。
 蔵馬に切り捨てられて、それは蔵馬が悪いんじゃなくって、自分が悪かったのだという解釈をしたものの、それでも切り捨てられた自分を、黄泉はそのままにはしておけなかった。黄泉にとっての蔵馬は、そうやって筒単にあきらめがつくような、軽い存在ではなかった。
 私はね、黄泉は国を興して、それを蔵馬にみせびらかしたかったんだと思うのよ。
 黄泉は蔵馬に認められたい。蔵馬に必要とされたい。蔵馬と肩を並べることができる、蔵馬の横に立つにふさわしい存在になって、いつか蔵馬が自分の前に姿を現したら、「おれにはこれだけの力があるんだ。だから、おれという存在を認めてくれ」と言いたかったんじゃないかと思う(もっとも、ここらへんは本人、完全に無自覚だと思うが)。
 要するに、黄泉は蔵馬を自分の方に振り向かせたかっただけなんだと思うのよ。
 ケナゲだわよー、この男は。そんな執着を1000年もひきずり続けてたんだから、そうとうなもんだよねぇ。
 蔵馬を恨んでいたとか、切り捨てられたことに対して怒っていたとか……そういう感覚は多分、黄泉の中にはまったくない。ただ、蔵馬の気を惹きたいだけのことで、黄泉は魔界に大国を興してしまう。その執念は立派を通り抜けてばかばかしい(とか言ったら、黄泉に気の毒だな……)。
 黄泉は、蔵馬に対する強い執着を糧として強くなっていく。いつのまにか、蔵馬よりも強くなってたりするんだが、どれだけ自身が強くなっても、国が巨大になっても、黄泉は満足できない。
 だって、それでも蔵馬は自分の前に姿を現さないから、「そうか、これでもまだ足りないのか」ということになる。この黄泉の暴走し続ける強い執着に、歯止めをかけられる者はただ一人……蔵馬だけ。
 黄泉は蔵馬の方法論を100%取り入れて、部下を動かし、闘いを続け、国を維持拡張していたんだと思う。その方法で、黄泉は成功し続けるから、やっぱり蔵馬は正しかったんだな、ということになる。そうやって、蔵馬のやり方で成功すると、自分がすごいんじゃなくって、蔵馬がえらいんだ、ということになると思うんだね(自分の手柄が、蔵馬の手柄にすりかえられちゃうんだな)。
 そんなことを続けているうちに、黄泉本来の性格は影をひそめ、黄泉はみずからに蔵馬の皮をかぶらせることで、自分が完全に蔵馬を失うという最悪の事態を阻止し続ける。
 そして、1000年が過ぎ、黄泉はようやく蔵馬をみつけ出す。
 ここでねぇ……黄泉は、自信満々で蔵馬に声をかけたんだと思うのよ。「おれは雷禅、躯と肩を並べるまでに成長したんだ。ほめてほめて」って感じで(大笑)。この部下にあずけた言玉のメッセージを収録(?)した時、黄泉ってばすごくワキワキしてたんじゃないかしら。「これを見たら、蔵馬はどんな顔をするかなーっ」とか想像してにやけてたりして……。
 そんで、蔵馬は1000年ぶりに黄泉の前に姿を現す。
 1000年ぶりの蔵馬に、黄泉は「とまどった」といい、蔵馬は「そんな猿芝居、誰に教わった」と切り換えすんだが、実際、黄泉はとまどったんだと思う。
 「南野秀一」という存在を大事にする「蔵馬」に。
 蔵馬が「猿芝居は誰にならった」と言った時、黄泉はなんかえらく楽しそうだったけど、あれって、そんな蔵馬の中に、昔の蔵馬の姿を見て……「ああ、やっぱりこれは蔵馬だ」と思ってうれしかったんだと私は思う。
 蔵馬が黄泉に差し向けた刺客を、わざわざみせて、自分は何もかも知っているんだということをみせつけたのも、蔵馬を恨んでてその証拠をつきつけた、というわけではなくって、「おれはおまえがおれにどういうことをやったか知ってるんだぞ。だけど、どんなことをされたって、おれはおまえと別れてなんかやらないぞ」と、自分の愛がいかに深いかをアピールしたんじゃないかと思うの(自分から光を奪った刺客をとらえる前から、刺客を差し向けたのは蔵馬だと気づいていたんじゃないかね)。
 いや、黄泉の蔵馬に対する執着ってのは、底なしに深い。執着ってのは、それを続けていると、本人にもだんだん執着の理由がわからなくなってきたりする。もう、執着するのが習い性みたいになっちゃってて、理由なんかもうどうでもよくって、執着することに執着しちゃったりするんだよね。
 で、その黄泉に変化をもたらしたのは、明らかに幽助。
 蔵馬が惹かれた幽助という存在を、黄泉は最初から気にしていたに違いない。
 蔵馬に対する執着だけで、走り続けていた黄泉。だけど、その黄泉もやっぱり疲れきっていたに違いない。
 やっとみつけた蔵馬の劇的な変化を目の当たりにして、内心、結構、ショックがでかくって、今まで自分がやってきたことは一体、何なわけ? とグラグラ揺れちゃって、それでもおれはくじけないぞっ、とばかりに修羅くんをつくってみる。
 ちなみに、修羅くんをつくったのは、黄泉ってば味方が欲しかったんだと思う。自分の考えを肯定してくれる味方が。だって、黄泉ってば蔵馬の考え通りに動いていたつもりだったのに、それを否定するような行動を蔵馬にとられちゃって、いや、それでも自分は間違ってないぞーっ、って無理やりにでも自分に言い聞かせたかったんだと思う。
 だって、1000年もそれを続けてきたのよ。箇単にくじけてたまるかって、意固地にもなるわよ。
 だけど、なんかもうつきぬけちゃってる幽助の行動だとか、もしかしたら自分よりも強大かもしれない雷禅の仲間たちの力だとかに触発されて、1000年もかぶり続けてきた蔵馬の仮面(狐の皮?)がバカッとはがれ落ちちゃったんだと思うの。
 黄泉はもう、蔵馬に依存しなくても、生きていけるようになっていたのに、それを否定し続けて、自分には蔵馬が必要なんだって思い込み続けて、だけど、思い込むのにも疲れ果てていて……そんな脆くなっているところに、ガーッといろんなことがなだれこんできて、「えいっ」といきなし開き直っちゃうことになったんだと思う。


 開き直った黄泉は、支配者であることをやめて、ただのパパになってしまった。
 再会した幽助が、修羅くんを見て、「生意気なガキだな」って、ものすごく正直で失礼な評をくだした時、あっさりと「そうだろう」って答えたよね。
 修羅くんがわがままに育ってるってことは承知してて、それでわがままさせてるわけね、この方は。なんだかな……。
 「息子一人相手に悪戦苦闘の毎日だった」ってことは、本当に修羅くんにつきっきりだったんだろうな……。きっと、国をひとつつくるよりも、子供を一人育てる方が、大変で……だけどおもしろいって、思いながら、日々、成長を続ける修羅くんをにこにこしながら見守ってたんだろうな、コワイな(苦笑)。
 子供一人におもいっきしふりまわされて、なだめてすかして、怒って笑って……その前の1000年にはまったくなかった、喜怒哀楽のはげしい毎日を過ごして、実は国どころか、子供一人、自分の思い通りには動かせないのだと、黄泉は実感して、笑ってたのかもしれない。自分は誰かを支配できるような男じゃなくって、ただ、こういうふうに子供相手に困り果ててるのがお似合いなんだと。
 すごいねー。子供一人で、そんなに人生観、変わっちゃうもんかねー。
 まあ、黄泉がもともとそういうタイプの男だった、ってことかもしれないけど。
 でも、黄泉は本当に修羅くん、大事にして、溺愛してる。それは誰の目にも明らか。蔵馬なんか、ビックリしただろうなー。「変わったな、黄泉」だけじゃすまされない変貌ぶりよね、あれは。なんか、うすら寒いものを感じたかもしれない(笑)。
 とにかく、黄泉は王であることよりも、父親であることを選んだ。修羅くんをつくった理由がなんであっても、とにかく黄泉も修羅くんも幸せなら、それで万事OK!


 黄泉はねぇ……とことんバカだと思うよ(苦笑)。なんか、えらくかわいいバカだよ。
 蔵馬への愛に目がくらんで、自分自身の姿が見えなくなってたわけだから……まあ、蔵馬も悪いけどね。うん、蔵馬が悪い。
 私なんか、蔵馬が「黄泉は実に気が長くなった」とか言った時に、おもわず「蔵馬! 黄泉の気を長くさせたのは誰だと思ってんだ!」とわめいちゃったもんねぇ。
 結論。蔵馬は罪作りなヤツで、黄泉はおそろしく単純なヤツだった(笑)。

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