雪 菜

-氷の内に生まれた炎-

 雪菜ちゃん……幽遊キャラで一番、あなどれない子(笑)。
 いざとなったら、躯とだって張りあえちゃうと思うなあ……。やったら、壮絶だろうなあ……躯と雪菜ちゃんの飛影ちゃん争奪戦(想像しただけでコワイじゃないか!)。
 この子のすごいとこは、氷河の国を出奔したことよりも、氷河の国なんか滅んでしまえばいい、と言い切ったとこよりも、飛影ちゃんに無理やり氷泪石を押しつけた、あのやりくち(?)にあると私は思う。
 あれはねぇ……すごいよねぇ……。あからさまに逃げ腰な飛影ちゃんの退路をことごとく笑顔でさえぎって、結局、見事に目的を果たしたわけだからね。まあ、あれで本当に自分が兄だってことに気付かれていないと思ってる飛影ちゃんのニブさかげんもすごいけど(苦笑)。
 雪菜ちゃんは飛影ちゃんよりも強いな、と思うのはね。飛影ちゃんが氷泪石にこだわらなければ、立っていられなかったのに対して、雪菜ちゃんはあっさりとそれを飛影ちゃんに渡して笑っていられるところだと思う。
 雪菜ちゃんは、氷泪石(=母親である氷菜さんの助け)がなくっても、ゆらぎなく生きていける。まあ、雪菜ちゃんは氷菜さんでもあるんだから、氷菜さんがいないということが、そんな大打撃になることはないとも思うんだけどね(泪さんもいたし)。
 だけど、雪菜ちゃんは飛影ちゃんの決定的な脆さを知らなかった。あたりまえといえばあたりまえで、雪菜ちゃんは飛影ちゃんの本質をのぞく機会にめぐまれていなかった。
 まさか、そんな自分の行動が、飛影ちゃんを殺しかけたなんてこと、多分、雪菜ちゃんは一生、知らずに過ごすのだろう(躯がばらさない限りはね)。
 飛影ちゃんは雪菜ちゃんを守ろうと必死だけれど、実際はその逆で、雪菜ちゃんは飛影ちゃんを守る者なんだと思う。
 雪菜ちゃんは桑原くんが好きだろうけど、いざとなったら絶対に、飛影ちゃんを選び取るんだと思う。雪菜ちゃんは、氷菜さんが飛影ちゃんに遺した最大の遺産なんだと思う。
 飛影ちゃんを傷つける存在を決して許さないあの激しさと、限りないやさしさでもって、雪菜ちゃんは飛影ちゃんを見守り続けるんだと思う。
 母親のごとくに……。


 雪菜ちゃんがとてつもなく意志の強い子だということは、最初からわかっていた。
 生まれ故郷から誘拐され、養い親である泪さんと引き離され、監禁され虐待を受けても、氷泪石を渡してはいけない、という鉄の意志を貫き続け、数年間に渡って無言の闘争を続けていたんである……こういうことのできる子が、意志が弱いわけがない(戸愚呂の言う通り、素直に泣いていれば、楽な暮らしができたかもしれないのに……)。
 そんな、元々、意志の強い子が、監禁生活でさらに鍛えられたのでは、飛影ちゃんがかなうわけがない(苦笑)。
 解放されて、氷河に戻った時、雪菜ちゃんの目に故郷はどんなふうにうつったんだろうね。
 良くも悪くも生命力にあふれた世界で暮らし、窓ごしとはいえ、豊かな四季の風景をみつめ続けた雪菜ちゃんの目には、雪に覆われた国で生気のない女たちが生活しているという風景が、ずいぶんと奇異なものに映ったんじゃないかと思う。
 ましてや、まだ幼くして誘拐され、完全に氷女たちの世界の感覚に染まっていたわけではなかった身には、なおさらだ。
 多分ね。帰郷した雪菜ちゃんは、氷河になじめなかったんじゃないかと思う。
 外の世界を知らなければ、ずっと氷河の国の中で生きていくこともできただろう。けれど、一度、外の空気を吸ってしまったからには、もうそれを忘れることができない。
 雪菜ちゃんは、元々、意志が強くて頭のいい子だから、そんな氷女の世界からはみ出してしまった自分に、すぐに気づいたんじゃないかと思う。そして、それを泪さんにだけうち明けたんだと思う。
 だからこそ、泪さんは雪菜ちゃんに兄の存在を話したのだと思う。その話をしてしまえば、雪菜ちゃんがどういう行動を取るかを、承知したうえで。
 数年に渡る虐待にさえ、憎しみの感情を抱いていなかった様子の雪菜ちゃん(悲しんではいたけど、憎んでいたという感じはなかったな)は、この時、初めて、怒りと憎しみの感情をおぼえたんだと思う。それも、同族である氷女に対して。
 飛影ちゃんは帰郷して、氷女たちに対する怒りと憎しみを捨てたというけれど、雪菜ちゃんは帰郷して、氷女たちに対する怒りと憎しみを抱いたのである(ここらへんの逆転ぶりがちょっとおもしろい)。
 元々、かなり意志の強い子だから、それが負の方向に向かうと、またかなり激しいものがある。
 「心まで凍てつかせなければ長らえない国なら、いっそ、滅んでしまえばいい」という言葉を、無表情に口にする雪菜ちゃん。
 その横顔は、怒りを口にしているというよりも、呪いをかけているように、私には見えた。
 もちろん、氷女たちには氷女たちの言い分かある。子供一人の命と引き替えに、種族を滅ぼされてもかまわないとは、普通は言わないだろう。だいたい、そういうふうに育てられている氷女たちにとって、心を凍てつかせることは、さほど苦痛ではないんじゃないかと思う。
 けれど、雪菜ちゃんにはそれが苦痛であり、それがゆえに子供を殺すことは、許し難い罪だった。
 監禁されていた間中、氷泪石をつくらないために、心を凍てつかせることに懸命だった雪菜ちゃんが、解放され、その必要がなくなって帰郷してみれば、そこでは一族の皆がそうすることで、種族の平穏を守っていた。
 そんな氷河のありかたに違和感をおぼえていたところで、氷河存続のために犠牲になった兄の存在を知って、雪菜ちゃんの気持ちは氷女たちの世界を否定する方向へ、一気に向かったんじゃないかと思う。
 多分、雪菜ちゃんは、氷女たちの世界では元々、異端だったのだと思う(なにせ、あの氷菜さんのコピーだから……)。それが、氷河の外で暮らすことによって、ますます異端の度を深め、ひとつの真実を知ることで、その異端が決定的なものになったんだろう。
 氷の世界にそぐわない、炎にも似た激情を持つ少女……それが雪菜ちゃんだった。
 雪菜ちゃんが飛影ちゃんに、「滅んでしまえばいい」と言ったのは、自分のことは気にしなくていいから、滅ぼしたいのなら滅ぼしてください、という意志表明だったのかもしれないと思う。
 しかし、飛影ちゃんは「滅ぼしたいなら自分でやれ」と答えた。自分には氷河に復讐する意志はないのだと……。
 その言葉に、雪菜ちゃんはちょっとぼうぜんとした顔をしていた。
 雪菜ちゃんは、兄がいつか氷河に復讐にくる、とかたく信じていたに違いない(泪さんもだけど)。
 しかし、その推測は見事にはずれ、兄が復讐をする必要性を感じていない、という事実にぼうぜんとし……やがて、気がついたんじゃないかと思う。
 復讐をしたかったのは、兄ではなく、実は自分自身だったということに……。
 雪菜ちゃんの頭の中では、氷河に復讐すべき権利を持っているのは兄だけだった。しかし、その権利を兄は放棄するという。それでもまだ、氷河は復讐されなければならないと思う。たとえ、兄が許しても、自分が許せない。氷河が何の罰も受けずに、変わらぬ日々を過ごしていることが許せない。
 兄に復讐させたかったんじゃなくって、自分が復讐したかったのだ、ということに気づき、復讐は兄のためではなく、純粋に自分自身のためだけに行いたかったのだ、ということに思い至ったんじゃないかと思うのね。
 雪菜ちゃんにとっては、同胞であるはずの氷女たちすべての命よりも、たった一人の兄が受けた痛みとか哀しみとかの方が、ずっと重かった。
 そして、雪菜ちゃんはそんな自分の感情をごまかすことも押さえることもせず、自分にむちゃくちゃ素直に行動したんである(えらい行動力だよねぇ)。
 それは盲目的で純粋で苛烈な、母性的な愛情なのかもしれない。


 それにしても、雪菜ちゃんてのは、あんまりたいしたことをやっていないようで、実はストーリー的にものすごく重要な役割を果たしている。多分、女性キャラの中ではストーリー中の最大のキーパーソンだ。
 考えてみれば、『幽遊白書』の物語がいきなり急展開を始めたのは、雪菜ちゃんが登場してからだった。
 雪菜ちゃんがいたから、幽助と戸愚呂は出会った。桑原くんは雪菜ちゃんのために暗黒武術会への出場を決意した。飛影ちゃんは雪菜ちゃんのために人間界に来たんだろうから、幽助と飛影ちゃんが出会うきっかけをつくったのは雪菜ちゃんだった。雪菜ちゃんが暗黒武術会の会場に現れてくれたからこそ、桑原くんは復活し、浦飯チームは魔性使いチームに勝てた(もしあの時、負けていたら、へたすると誰か死んでたかもしれない)。そして、雪菜ちゃんに氷泪石を渡されたことにより飛影ちゃんは生きる目的を見失い、死にかけてしまう。
 本当に、出番も台詞もそんなにないのに、なんだかこの物語の根本的なところに、雪菜ちゃんは関わっている。
 本人が意識していないところで、雪菜ちゃんは運命の歯車を組み替えてしまっているような感じまでして……なんか、すっごくコワイ子だなって思う。


 雪菜ちゃんはいつか、氷河に戻るような気がする。
 それが、どういう形で行われるかはわからないけれど……氷河の凍りついた時間を動かすために、雪菜ちゃんはいつか氷河に戻るだろう。
 氷の世界を溶かすために生まれた炎……それこそが雪菜ちゃんだから。

一覧に戻る
トップページに戻る

inserted by FC2 system