100年目の明日


「昨日、蔵馬に教えてもらったんだけど、おれたちが初めて会った日から数えて、今日でちょうど一〇〇年目になるそうだぜ」
 幽助がそんなことを言い出したのは、蔵馬の計算によると彼らが出会ってからちょうど一〇〇年目のある日のことだった。
「それがどうかしたのか?」
 妙に意気込んでいる幽助をいぶかしく思いながらも、飛影の返事はいつも通りそっけない。
「でさ! ちょうどいいから、今日から一緒に暮らさねぇか?」
 どこがどうちょうどよくて、そんな考えがでてきたのか――なんとも脈絡のない幽助の論理の展開に、飛影はおもわずあとずさり、わけもなく身構えてしまった。
「なっ、なっ、なっ……なぜ、突然、そういう話が出てくる!」
 顔は紅潮し、声はひっくりかえり、動揺を隠すことすら忘れている飛影の姿がそこにある。
「いや……なんとなく……」
 幽助が笑いながらぼりぼりと頭をかいた。
「なんとなくって……おまえなぁ……」
 あまりにも幽助らしい返事に、飛影はがっくりと肩を落とす。
「おめぇは今まで通りの生活を続けてていいんだ。おれが勝手にくっついていくから。なっ、それでいいだろっ」
 幽助はそれで十分に譲歩しているつもりらしいが、もちろんそんな条件を飛影が素直に受け入れるわけがない。
「勝手についてこられるなんて、うっとうしいだけだ! そんなこと許すわけないだろ!」
 飛影は必死の抵抗をこころみるが、幽助の撤退は有り得ない、と思いながらやっているので、いまいち迫力がないのが難点だ。
「じゃあ、言うこときいてくれるまでがんばってやる!」
 幽助は何を思ったか、突然、飛影のひざと背に腕をまわし、そのまま彼をヒョイと抱き上げた。
「幽助っ! なにをするっ! この馬鹿っ!」
 突然のことに飛影はパニック状態でじたばたと暴れたが、幽助の腕はがっしりと彼をとらえて離さない。
「剣もなにもねぇこの状態じゃ、なんもできねぇだろ!」
 そんなことを言って、本当にうれしそうに笑うあたり――やっぱり、幽助はどうしようもなく凶悪な性格をしている。
「炎をつくることならできるぞ」
 高圧的な口調で飛影は威したが、もちろんこんなことで幽助が引き下がるとは思っていない。いわゆる悪あがきというやつである。
「それでもおれはおめぇを離さねぇぜ。それとも、おれと一緒に燃えて死ぬか?」
 幽助の瞳が剣呑な光を帯びてくる。こうなったらもうどうしようもないことを、飛影は経験上よく知っている。
「…………」
 飛影は返す言葉をみつけだすことができず、幽助の瞳を凝視した。いつからだろう……この瞳に負けてしまう自分を、許せるようになったのは。
「おれはどっちでもいいぜ?」
 幽助は自信満々といった表情で言うと、飛影の背をささえている腕に力をこめ、彼の顔を自分の肩口におしつけた。飛影はさしたる抵抗もせず、幽助の首すじに額をあてたまま、深いため息をつく。こんなことをされて怒る気にもなれないなんて、どうしようもないのは幽助ではなく自分の気持ちの方かもしれない。
「……わかった。明日まで一緒にいてやる」
 飛影は目をふせると、憮然とした口調で幽助の意表をつく妥協案を示した。
「へっ? 明日? それだけ? ……じゃあ、明後日になったらおさらばかよ」
 幽助のすねるような声音に、出会ってから百年目ということは、おまえいったい何才になったんだよ、と飛影が心の中でつぶやく。
「明日になって、明日まで一緒にいてやってもいいと思ったら明後日までいてやる」
 妙なところに生真面目な飛影が律儀に答え、幽助はおもわず吹き出してしまった。
「ははっ、そりゃいいや」
 幽助は飛影を抱えたまま笑いこけている。
「なにがそんなにおかしい!」
 飛影は幽助の腕の中でどなると、そのえりもとをしめあげたが、あまり効果はなかった。
「うん。それでいいや。それでいこう」
 幽助はとびっきりの笑顔を浮かべ、その誰よりも強い光を放つ瞳で飛影をみつめた。
「飛影。ずーっとずーっと、明日まで一緒にいような」
 幽助の言葉に飛影は一瞬、照れたような色を瞳に浮かべたが、すぐに何事もなかったかのように腕を伸ばし、その頭をバコンとなぐりつけた。
「明日、別れる可能性の方が高いぞ!」


 それがちょうど一〇〇年目におこった二人の事件の顛末であるが、二人の関係の顛末がどうなるかは、幽助の心がけ次第である。

おわり

inserted by FC2 system