雷禅が死んで、約一ヶ月が過ぎた。
亡き雷禅の後を継いだ幽助は国政に忙しかった……わけでもない。
もともと掟という名の決まり事以外は、法律も税金も行政機関もない国で、面倒くさいことをやることはなかったし、たいていのトラブルは北神たちが片づけてくれるので、幽助は毎日ただひたすらに修行に明け暮れていればよかったのだ。
しかも、雷禅が死んで、もう国内に対等に闘える相手がいなくなったと思っていた矢先に、雷禅の旧友たちが現れてくれたので、修行相手にも不足せず、幽助は雷禅を亡くした痛みを抱きつつも、元気に毎日を過ごしていた。
そんなある日、幽助のもとを訪ねてきた者がある。
「よぉ、蔵馬。よく来たな」
警戒心もあらわな北神たちを引き連れた蔵馬に、幽助が元気な顔を見せる。
「調子はいかがですか?」
「絶好調だぜ!」
「それはなによりですね」
にーっこりと笑った蔵馬の周囲は、仏頂面ばかりで、その対比が妙におかしい。
「なんだよ、おめぇら。まだ、蔵馬を信用してねぇのかよ」
「あの黄泉の参謀総長を信用しろという方が無理です」
「それはもうとっくにクビになりましたけど」
「それでも、黄泉の腹心には違いないんじゃないんですか?」
「おれは、友人として幽助を訪ねてきただけなんですが?」
「しかし」
「難しいこと考えてんじゃねぇよ。蔵馬がおれをどうこうしようなんてこと、絶対、ありえねぇから安心しなって」
幽助が北神の肩をポンと叩く。北神はしぶしぶといった様子で、他の連中を引き連れて、部屋を出ていった。
「そういえば、蔵馬がここに来るのは初めてだな」
国王みずからがお茶をいれ、蔵馬にさしだす。
「ええ」
「それで、今日は何の用だ?」
「そんなことを聞いてくるあたりをみると、やっぱり気づいていませんね」
「?」
「実はもうすぐ、連れが来る予定になっているんです。彼が来てから、用件を言いますね」
「連れ? 誰だ?」
「すぐわかります」
蔵馬が言った途端に、疑問に対する解答はやってきた。
廊下の方から、悲鳴と怒号と騒音を引き連れて。
「飛影っ!」
ドアを蹴破って現れたその姿に、幽助がおもわず腰を浮かせたが、蔵馬は落ち着いたものだった。
「鍵はかかっていなかったはずです。ちゃんとドアを開けて入ってください。それと、ノックが少々、うるさすぎますよ」
「うるさい!」
蔵馬と飛影が定番の挨拶をしているところに、顔色を変えた北神が駆けつけてきた。
「国王! ご無事ですか?」
「おれは何ともないけど、ドアを壊されちまった。片づけといてくれよ」
「はい。……それにしても、これは一体……」
「まったくだよな。人んちに来るのに、手土産もねぇのはともかく、ドアを壊すこたあねぇよな」
「そういうことではありません! なぜ、躯の筆頭戦士がこんなところにいるんです」
「蔵馬が呼んだからじゃねぇのか?」
「ええ。おれが誘ったんです」
「ああいうのを誘うというのか、貴様は」
飛影が恨みがましい目で蔵馬をにらみつけるが、当の本人は涼しい顔である。
「飛影。おめぇ、ここまで連中、なぎ倒してやってきたのか?」
「邪魔なヤツを払いのけただけだ」
「どこがですか! みんな、あちこちで倒れてますよ」
「誰か死んだのか?」
「殺してはいない。今は休戦期間中だからな。面倒はとりあえず避けてやった」
「そりゃあ、よかった」
幽助は大きくうなずくと、飛影をにらみつける。
「一人でも殺してたら、ダチが遊びに来た、ですませられないとこだった」
「……では、一人ぐらい、殺しておけばよかったな」
幽助と飛影がバチバチと妖気をぶつからせるが、双方とも本気でないことは、蔵馬にはよくわかっていた。
「とにかく、せっかく三人そろったんです。物騒な話は今日はやめにしませんか?」
「それもそうだな」
蔵馬の提案を、幽助があっさりと受け入れる。
「おめぇらは怪我人の手当でもしてろ。ここは、心配ないから」
「しかし……」
「大丈夫だって!」
「……わかりました。失礼させていただきます」
北神たちがようやく引き下がり、部屋には三人だけが残った。
「メンツもそろいましたから、本題に入りましょうか」
「そういえばそうだった。おめぇら、何の用で来たんだ?」
「まだ、わかりませんか? 今日は貴方の誕生日じゃないですか」
「えっ? そう……なのか?」
「ここにはカレンダーもないから、よくわからないんでしょうが、確かに今日はあなたの誕生日です」
「……そうだったのかあ……」
気がつかなかったなあ、と幽助が真剣に感心している横で、飛影が顔色をかえる。
「おい待て! するとおれは、こいつの誕生日なんぞのために、ここまで呼び出されたのか?」
「いけませんか?」
「…………帰る」
「帰りたいのなら、無理には引き止めませんけど」
壊れたドアではなく窓から帰ろうとする飛影を、蔵馬がさりげなく引き止める。
「何が言いたい?」
「いや、この用がすんだら、人間界に戻るつもりなんですけど、ついでに雪菜さんにもご挨拶をしようかな、と思っているだけですよ」
「また脅迫か」
「いやだな、脅迫なんて人聞きの悪い。ただ、雪菜さんがあまりにもいじらしいので、時々、真実を語りたいという衝動にかられるだけです」
「……………………」
沈黙する飛影をみやり、幽助は蔵馬がどういう手段でもって彼をここまで引っ張り出してきたかを察したが、それについての言及は避けた。
結局、飛影は窓枠に腰かけるということで、自分の意志でここにいるんじゃないぞ、という姿勢を示しつつ残留することになった。
「これは、桑原くんからのプレゼントです」
蔵馬が紙袋を出す。
プレゼントの梱包がしゃれっけもそっけもない茶色い紙袋なあたりが、桑原らしい。
あけてみると、煙草一ダースとポマードが入っていた。
「ヤツにしちゃ、なかなか気がきくじゃねぇか」
幽助はうれしそうだ。
魔界にも煙草はあるが、やはり人間界の吸い慣れた味が恋しいし、ポマードも使い慣れているものがベストである。
「それと、これはおれからです」
蔵馬は幽助に携帯電話とおぼしきものをさしだした。
「電話?」
「黄泉の国の技術を使った最新型です。人間界の電話回線に割り込んで、普通に通話することができます。魔界から人間界への一方通行ですが、何かのお役に立つ機会があるかもしれません」
「そりゃ便利だな。サンキュ」
幽助は蔵馬からのプレゼントをありがたく受け取ると、飛影に視線を向けた。
「……おれを見ても何も出んぞ」
撫然として飛影は幽助をにらむ。
「いや。ものをくれなくてもいいけどさ、せめてこっち来ねえ?」
幽助が空いている椅子を指差す。
「……………………」
飛影は椅子を凝視したまま、かなり長いことかたまっていた。
その間、彼の心の中でどのような葛藤があったのかは誰にもわからないが、幽助と蔵馬も声のかけようがないほど真剣な顔だった。
そんなに難しい注文を出したのかと、幽助まで悩み出した頃、飛影の姿が窓際から消えた。
短い言葉を残して。
「ハッピーバースディ」
あまりにも思いがけない言葉に、幽助と蔵馬は顔を見合わせる。
「今のって……」
「聞き違いではないと思いますよ」
やはり空耳ではなかったのかと、幽助は安心し…………その一瞬後には笑い出した。
「なんか、すっげえプレゼントもらっちまったみたい」
「まったくですね」
幽助と蔵馬はひとしきり笑いあった後、二人で様々な話をした。
魔界のこと。仲間たちのこと。家族のこと。ささやかな日々の出来事たちを語り合った。
そうやって、幽助の十六才の誕生日は穏やかに過ぎていくのである。
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