「最後に言いたいことはあるか?」
仙水は冷たい声でそう問い掛けた。
幼い顔だちの小柄な妖怪は、立ち上がる力さえ残ってはいないくせに、それでも殺気をおびたまなざしで、仙水をにらみつけている。
「命ごいなんかしない。殺したいのなら、さっさと殺せばいいだろう」
その声も力を失ってはいなくて――仙水はおもわず苦笑してしまった。
「潔いことだな」
そう言って仙水は、てのひらの上に紅い霊気の塊をつくりだす。
「なぶり殺しにするつもりはない。さっさと殺してやるよ」
仙水の宣告を聞いている様子さえ見せない飛影は、天をあおぐと大きく深呼吸をし……わずかに迷うような表情をみせた。
「貴様は出会った妖怪はすべて殺すと聞いたが――本当か?」
ふいの質問に、仙水が目をしばたかせる。
「それは本当だが……なぜ、そんなことを聞く?」
「ならば、いまいましいことだが、ひとつ貴様に頼みがある」
「……」
「雪菜という名の氷女に出会ったら、そいつだけは殺さないでやってくれ」
「そいつとおまえはどういう関係なんだ?」
「……妹だ」
ボソリとつぶやく飛影の瞳が、こころなし照れていて――仙水はおもわずきょとんとしてしまった。
「妖怪にも兄妹なんてものがあるのか?」
「氷女はひ弱な妖怪だ。人間に害を及ぼすことはあり得ない。見逃してやってもかまわないだろう?」
仙水の質問には答えず、飛影は主張を繰り返す。
ぶっきらぼうな口調とはうらはらに、そのまなざしは真剣だ。
「おもしろい妖怪がいるもんだなぁ」
仙水はつぶやくと、にっこりと笑った。
「その妹ってのは、人間界にいるのか?」
「そのはずだ」
「はず?」
「さらわれて行方不明だ。居所はわからない」
「おまえは妹を探しているのか?」
「他にすることがないからな」
あくまでも、直接的には質問に答えようとしない飛影に、仙水があきれかえったような笑みを向ける。
「意地っぱりなヤツだなぁ」
「……」
「おまえ、おれの手伝いをしないか?」
「な……んだと?」
仙水のいきなりの提案に、飛影が驚いて目を見開き、ようやく二人の視線が重なりあった。
大きな黒い瞳はよく見ると、とても綺麗な光を放っている。
「そういう条件でなら助けてやってもいい」
「おれは助けてくれなんて頼んでないぞ」
飛影の台詞は強気だが、表情からは困惑の色がにじみ出ていて、その様子は妙に愛らしい。
幼い頃から様々な妖怪たちとあいまみえてきたが、こんなふうな印象を与える者には初めて出会った。
「おれは霊界とつながりがある。その妹探しに協力してやれると思うが?」
「雪菜は自分だけの力で探し出してみせる。他人の力なぞ借りん」
「死んでしまったら、探し出すこともできないぞ」
「…………」
そして飛影は、しばしの沈黙の後にしぶしぶとうなずき――仙水は満足そうに微笑んだのであった。
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