if -仙水と出会った妖怪が蔵馬だったら-


「最後に言いたいことはあるか?」
 仙水は冷たい声でそう問い掛けた。
 追い詰められ、血まみれで横たわり――それでも、静かな瞳で少年をみつめる蔵馬という名の妖怪は、やはり静かな声で問いに答える。
「できれば、次の満月の夜まで生きたい」
「満月? なぜだ?」
「この暗黒鏡を使いたい」
 蔵馬はふところから、暗黒鏡を取り出した。
 暗黒鏡は霊界の秘宝――彼はそれを盗み出したために、霊界探偵である仙水に追われることになったのだ。
「……暗黒鏡は、あるものと引き換えに、どんな望みも叶えると聞いたが」
「ああ。この暗黒鏡は命と引き換えに望みを叶えるんだ」
「命と?」
「そうだ。だから、いずれにしろおれは死ぬ。ならば、次の満月の夜まで、おれを生かしてくれてもいいだろう?」
 蔵馬の提案に、仙水がわずかに眉をひそめる。
 妖怪が命を賭して、暗黒鏡に何を願うというのか……。
「命と引き換えに、おまえは何を望むんだ?」
「母の命だ」
「母? 妖怪に?」
 驚いて目を見開く仙水を、蔵馬はやわらかい表情でみつめている。
「おれは確かに妖怪だが、人間の母に育てられた。その母親が回復の見込みのない病気で入院中なんだ。彼女を救う方法はもうこれぐらいしか残っていない」
「母親の命と自分の命を引き換えるのか?」
「母はおれの正体を知らずにおれを育ててくれた。あの人には恩がある」
 毅然として答える蔵馬の瞳は、とても美しかった。
 こうやって見ていると、確かに純粋な妖怪とは少し違った気配がある。
 これは――人間の匂い?
 人間を「母」と呼ぶ妖怪がいて、おまけにその残り少ない母の命とみずからの命を引き換えたいと望んでいる――人間の親子でさえ、互いを捨てあったりするというのに。
「珍しい妖怪もいるもんだなぁ」
 仙水はそうつぶやくと、にっこりと笑った。
「次の満月はいつだ?」
「明後日だな」
「じゃあ、明後日までおまえの話を聞かせてくれないか? そういう条件でなら、生かしてやってもいい」
 そう言って仙水は、蔵馬に手をさしのべた。
 蔵馬はくすりと笑うと、その手をそっと受け取る。
「それは、なかなかの好条件だ」

おわり

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