髪を切る。
はらりはらりと、そこにあるはずのなかったものが幽助の肉体から切り離されていく。
「少しもったいない気がしますね」
「そっかあ? こんなんいきなり生えてきたって邪魔なだけだぜ」
我ながら感傷的すぎる台詞をはいてしまったら、予想と一言一句違わない回答が返ってきた。
「おめぇは長いのに慣れてっから、あんまし気になんねぇのかもしんねぇけどさ」
「髪を切ると力が失われるという話を聞いたことがありますよ」
「髪が長いヤツは強い、って話は聞いたことねぇぜ」
「強くなったから髪が伸びたって話も聞きませんね」
「まったくだ」
ひとしきり笑いあって、なんとはなしに二人とも黙り込む。
不思議な時間が流れていく。
急激に動きすぎた時間とつりあいをとるかのような動かない時間を過ごす。
ただ、砂時計のように、床へと落ちていく髪が、時間の経過を教えてくれる。
「これからさ……」
ふいに幽助が口を間いた。
「どうなんのかな」
かすかな不安を含んだ声が痛い。
同情ではなく……これは多分、同調だ。
それは、自分が誰かに尋ねたかったことだ。
「さあ、どうなるんでしょうね」
「わかんねぇな」
「わかりませんね」
解答のでない会話でもむなしくはない。
からまわりはしていないから。
二人とも同じ解答を胸に抱いていると感じるから。
「終わりましたよ」
「サンキュ。おっ、すげぇな。すっかり元通りじゃねぇか」
「おや、おれの腕と記憶力を信用していなかったんですか?」
「そんなことねぇよ。本当におめぇは何やっても食っていけそうだよな」
手渡された鏡をのぞきこみ、幽助はむじゃきに喜んでいたが、視線がぶつかった途端、驚くほどおとなびた表情を浮かべた。
「これで全部、元通りってわけにはいかねぇけどな」
手鏡と共にそんな言葉を投げられても、うなずくことしかできない。
自分が元に戻してやれるものといったら、髪型ぐらいだ。
「まぁ、なんとかなんだろ」
幽助は自分でも納得しきれてはいないだろう答えを出して、笑った。
「大丈夫です。変わりませんよ、何も」
「ん」
それは嘘ではないけれど真実でもないと、幽助にだってわかっているだろう。
変わり続けていくのだ。
いつでも確実に。何かが動いている。
今、この瞬間も、心のどこかが揺れている。
それでも……変わりようのないものもあると知っているから。
「今日はおつかれさん。またな」
何事もなかったかのような、ありふれた言葉を残して、幽助は帰っていった。
一人残され、散らばった髪をすくいあげ、それをみつめる。
髪を切るということは、昔、子供から大人になるための儀式だった。
そして、幽助は人間から魔族になった。
この髪の束は、幽助が生まれ変わるための儀式の名残りでもある。
何もかもが動きすぎた一日だった。
その一日が過ぎて、形として手元に残ったものはこれだけだ。
おさえきれない怒りも、世界を壊すほどの絶望も、心の底からわきあがってくる喜びも、どうしようもないむなしさも……気がつけば過去のものとなってしまっている。
捨てられない、背負うしかない過去がまた増えている。
それでもまだ……まだ生きている。
捨てられないものを増やすだけだとわかっていても……生き続けることをまだ選んでいる。
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