「よおっ、飛影……その……元気か?」
めずらしく移動要塞『百足』と人間界をつなぐホットラインを使って、飛影とのコンタクトを求めてきた幽助の第一声は、とんでもなく平凡なものだったが、その口調は幽助にしては平凡ではなかった。
「おれが元気かどうかを尋ねてどうするつもりだ」
どこか逃げ腰な様子の幽助に対する飛影の返答は、いぶかしさと不機嫌さがミックスされている。
おどおどしている幽助なぞ、はしゃぎまくる蔵馬とか、控え目な桑原並に薄気味悪くて、おそろしく不愉快だ。
「いや……そりゃそうたけどさ……えっと……おれは元気だぜ」
「おれはおまえが元気だろうが、病気でうなっていようが、まったくかまわないぞ」
「あいかわらず冷てえな……」
「ごたくはいい! さっさと用件だけを言え!」
飛影の怒声に首をすくめた幽助は、しかたがないとばかりに、はあっと大きく息をつくと、ようやく本題を切り出した。
「その……雪菜さんがおめえに会いたいって言ってんだけど……」
「!」
幽助の本当の用件に、椅子に腰かけていた飛影が血相を変えて立ち上がる。
「言っとくけど、おれは絶対に雪菜さんにあのことしゃべってねえからな!」
聞かれてもいないことをわざわざ言うあたりに、幽助の及び腰ぶりがうかがえる。蔵馬にその役をおしつけなかっただけでも偉い、といったところだろうか。
「なぜ、雪菜がそんなことを……」
「用件はおめえに直接、会って伝えるって言ってたけど……」
「…………」
「……どうする?」
遠慮がちに幽助が尋ねた途端に、飛影は反射的に通信を切ってしまった。
人間界で幽助があわてふためいているだろうとは思ったが、飛影がそんなことを意に介するわけもなく、彼は椅子にどさっと腰をおろすと、真っ白になったスクリーンを凝視した。
雪菜の用件とは一体、何なのだろうか。単に魔界での兄探しの状況を報告して欲しい、ということかもしれないが、もしそうでないとしたら……。
「会って用件だけでも聞いてやったらどうだ?」
ふいに上方から声が降ってきて、飛影は顔をしかめた。
「明確な理由もなく断ると嫌われるぞ」
飛影が腰かけている椅子の背に両ひじをつき、あきらかにおもしろがっている様子で自分を見下ろしている骸に、飛影はとがめるような視線を向けた。
「盗み聞きしてたな」
「細かいことを気にするな」
「気にしない方がどうかしてると思うが」
飛影はつまらなそうにつぶやくと、視線を落とした。
「これはおれの問題だ。余計な口出しをするな」
「誰も余計な口出しをしなかったら、いつまでたっても解決しない問題だと思うが」
「…………」
骸の言葉は見事なまでに核心をついていて、飛影はおもわず沈黙してしまったが、ふいに立ち上がると、出口に向かって歩き出した。
「解決しなくていい問題もあるだろう」
すれ違いざまにそう言って部屋から立ち去ろうとした飛影の肩を、骸の手ががっしりとつかむ。
「では、おれがおまえの代わりにおまえの妹に会ってこよう」
「な……んだと?」
突拍子もない骸の提案に、飛影が目をむいた。
「おまえの妹には一度、会ってみたかったからちょうどいい。もちろん、人間界でもめごとはおこさないから安心しろ。大統領命令があるからな。氷女自体がめったにお目にかかれるものではないし、とても楽しみだ」
今にも『百足』を飛び出して人間界に行ってしまいそうな骸を、飛影は凝視しながら肩におかれた手をはらいのけた。
「これはおれとおれの妹の問題だ。口出しも手出しもいらん」
「おれとおれの父親の問題に、口出しと手出しをしたのはおまえだぞ」
「それとこれとは」
「問題が別だな」
あっさりと台詞を横取りして、骸はニヤリと笑う。こうなってしまったら、飛影にはもう抵抗の術がない。
「人間界に行ってくる。ついてくるな」
そう言い捨てて、飛影は通信室から出て行った。
取り残された骸は、先程まで飛影が腰かけていた椅子に座り、くすくすと笑う。
「これは、仕返しなのか? 恩返しなのか?」
それを判定してくれる公正な審判などどこにもいないけれど、飛影ならば間違いなく「仕返し」と答えてくれるだろう。
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