「やあ、久しぶりだね。凍矢。陣はどこだい?」
軽い口調で問いかけてきた蔵馬を、さすがに凍矢は驚きの表情で出迎えた。
「よくここにいることがわかったな」
とまどい気味に凍矢がつぶやく。
暗黒武術会が終わって以来、連絡さえとっていなかった蔵馬が、なぜわざわざこのような山奥まで自分たちを訪ねてやってきたのか……。
「実は、霊界の捜査網を利用したんです」
「霊界?」
「ええ、あれからいろいろありまして」
そう言って、蔵馬はにっこりと笑う。
自分も、何を考えているのかわからないとよく言われるが、蔵馬ほどではないだろうと、凍矢は思う。
あいかわらず底がまったく見えない男だ。
「陣を交えて、相談したいことがあるんですが、いつ戻ってきますか?」
「すぐに戻ってくると思うが」
「持たせてもらってもいいですか?」
「ああ」
うなずいた凍矢に、ありがとう、と答え、蔵馬はその場に黙ってたたずんでいる。
凍矢自身、口数が多い性質ではないが、この男の静けさはまた独特だ。
これだけの強い妖気を持ちながら、その場の空気に溶け込んでいるのかと思うほど、気配を感じさせない。
「おまえがどんな話を持ってきたのかは知らんが、おれの答えなら決まっているぞ」
沈黙を破ったのは凍矢だった。
なんとなく……静寂が重苦しかったのだ。
興味深げな表情を浮かべる蔵馬にみつめられ、凍矢はふいと視線をそらした。
「おれは、おれをここまで運んできた『風』に従う。……それだけだ」
そう言って、凍矢は蔵馬の方へ視線を戻す。少しだけ苦い表情で。
「他者に決断を押し付ける無責任なヤツと思うか?」
凍矢の問いに、蔵馬はふわりと笑った。
意外なほど幸せそうに。
「おれの『風』は、今、魔界にいます」
蔵馬の答えに凍矢が目を見張った。
蔵馬の『風』なら、当然、よく憶えている。
しかし、人間であるはずの彼が、なぜ魔界になど行っているのか。
「今は凪いでいるようですが、いつまでもそのままでいるわけがない。彼は近いうちに、魔界のすべてを巻き込む『嵐』になるでしょう」
予言する蔵馬の顔は、ちょっとだけ自慢気だ。
「……おれは、それを待っているんです」
「待っているだけか?」
「時と場合に応じて臨機応変に行動することもあるかもしれませんね」
ぬけぬけと蔵馬は言うが、凍矢は不審顔だ。
「おまえの言う臨機応変は、とんでもない無茶と同意義になる可能性が高そうだ」
「どう受け取っていただいてもかまいませんよ」
そこまで言って、蔵馬は空を見上げ、目を細めた。
「お互い、いい『風』に出会えてよかったですね」
蔵馬の視線の先にあるものをみつけた凍矢は、はにかむような笑みを浮かべた。
それは、蔵馬が初めて見る、警戒心を解いた凍矢の素顔だった。
ふいに突風が樹々を揺らし、蔵馬の髪を乱す。
「あいかわらず、きみの『風』は元気がよすぎるようですね」
顔をしかめてみせた蔵馬に、凍矢がおもわず吹き出す。
二人の頭上では、意外な訪問者に、『風』が首をかしげていた。
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