「おばあちゃん。誰、見てんの?」
遠ざかっていく首縊島を凝視している幻海に、背後から声をかける者があった。
「静流か」
険しい表情で小さくなっていく島影をみつめていた幻海だったが、振り返り静流をみつめるその瞳には、やわらかな色が映っている。
静流はわずかに口許をほころばせると、いつものひょうひょうとした足取りで幻海に近付き、その横に立った。
「誰を、とはまたおもしろいことを聞くねえ。何を、ならともかく」
幻海は首縊島に視線を戻しながら、ぽつりと尋ねた。
「そっかなあ……なんとなくそう思っただけなんだけど」
「あの島にはもう誰も残ってやしない。誰もね」
幻海は瞳を閉じると、みずからに言い聞かせるように、静かな口調でそうつぶやいた。
そう、あの島にはもう誰もいない。
闘うことしか知らなかった馬鹿な男も、その馬鹿な男を忘れることができなかった馬鹿な女も……あの島でその命を散らし、もうこの世には存在しないのだから。
「それもそうだね」
静流はそう答えたが、前言を翻そうとはしなかった。
そのいつもながらの勘の鋭さに、幻海は内心、舌を巻いている。
「一度、今上の別れとやらをしたのに、おめおめと戻ってきちまったね」
しばしの沈黙の後の、幻海の苦々しさを含んだ言葉に、静流はにこりと笑った。
「私は生きているおばあちゃんにまた会えて、とってもうれしいよ」
「そうかい?」
「幽助くんもすごく喜んでたじゃない。本当に血のつながったおばあちゃんみたいだね。あの子、母一人子一人で育ってるから、そういうのに弱いんじゃないの?」
「よしとくれよ。あんなかわいげのない孫なんていらないよ」
「だけど、おばあちゃんのたった一人の弟子なんでしょ? 話を初めて聞いた時には、本当に驚いたけど」
「あんたは出来のいい弟子だよ」
幻海は意味ありげな視線を静流に向けたが、当の本人は涼しげな表情を動かそうともしない。
「そう? だけどね、私は駄目だよ。幽助くんみたいな根性は、私にはない」
「そうかねぇ」
「幽助くんは、みんなのためにどんなみっともないまねもできる。それがね、私にはできないんだ」
静流が長い髪を潮風にさらしながら、自嘲気味の笑みを浮かべる。
弟よりも強い霊力を持ち、幻海の跡継ぎとなることも夢ではなかった彼女は、しかし、みずからそれを拒んだ。
自分には向いていないからと、いともあっさりと幻海の申し出を断ってしまったのだ。
「ああ、そういえば、あんたの弟もなかなかだよ。あの子をあたしのところによこしたのは、あんただろ?」
「そうだね。あの子も思ったよりもいい男になってきたよ。あいかわらず危なっかしいけどさ」
「あいつらの中で危なっかしくないのなんて、蔵馬ぐらいなもんだよ」
「それは言える」
二人の女傑は顔を見合わせるとくすくすと笑い始めた。
あの愛すべき少年たちは、片時も目を離せないほど危なっかしいくせに、最後の最後にはどうにかしてくれるという奇妙な安心感を与えてくれる。
まったく、興味深い連中だ。
ひとしきり笑い合った後、静流はそっと幻海の肩に手を置いた。
「とにかくさ中に入ろ。せっかく生き返ったのに、風邪なんかで死んじゃったらみっともないよ」
「それは言えるね」
二人はうなずきあい、愛すべき人々の待つ船室へと足を向けた。
首縊島は……もう、小石ほどの大きさになっている。
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