STAY WITH ME


 ひょいと視線を左ななめ下に向けると、大きな目でしっかりと前方を見据え、口を固くひきむすんだ飛影の横顔が見える――そんな現状がやけにうれしくて、おもわず口元がゆるんでしまった。
 思い起こせば、それはたった三十分ほど前のこと。
 わけのわからないやつに追いかけられ、タンクローリーとおにごっこをやり、もう駄目だと思ったところを飛影が助けてくれて、ついでにオーバーヒートしかけてた頭まで冷やしてくれた。おまけに今では、おれたちに協力するために――『黒の章』という報酬をちらつかせたせいもあるけど――おれの横をこうやって歩いてくれてるんだから、少しばかりうかれ気分になってしまうのも、しかたがないんじゃないかと思う。
 そんなわけで、そのうかれ気分に乗っかって、飛影の機嫌をそこねるとわかっていながら、こんな質問をぶつけてしまった。
「なぁ、飛影。おれたちのこと、いつから見物してたんだ?」
「……なんのことだ?」
 飛影は視線を前方に固定させたままだが、ちゃんと返事はしてくれる。
「出てくるタイミングが良すぎたぜ。ずっと邪眼でおれたちのこと見張ってたんだろ? あいかわらず性格悪いよな。もっと早くに出てきてくれりゃよかったのに」
 茶化すようにそう言ったら、飛影はようやく視線を動かし、おれの顔を見てくれた。
「なぜ、おれがおまえらの面倒を見てやらねばならんのだ」
「なら、なんでおれたちのこと見守ってくれてたんだ?」
「見守ってたわけじゃない。ヒマだっただけだ。……おまえらを見てるとあきないからな」
 飛影のこんな憎まれ口は、どうして耳に心地いいんだろう。
「サンキューな」
 そんな言葉がおもわず口をついて出てきて、飛影にけげんそうな顔をされてしまった。
「おれ……おれたちの力だけじゃどうしようもなくなったら、おめぇが来てくれるって信じてたから……。おめぇがその期待を裏切らないでくれて、すっげぇうれしかったんだ。だから……サンキューな」
「……ふん」
 飛影は照れたような表情を浮かべると、ぷいと視線を前方に戻してしまった。
「言うだけならタダだからな。いくらでも言えるさ」
「おお! おれは何も持ってねぇから、タダのものしかやれねぇぜ!」
 売り言葉に買い言葉といった感じでそんなことを言ったら勢いがついてしまったらしく、そこでやめとけばいいのに身をかがめ、飛影の耳元に顔を近づけた。
「だから、いくらでも言ってやらぁ! サンキュー。サンキュー。サンキュー。サンキュー。サンキュー。サン……」
「うるさい!」
 大声で思いっきりわめいてやったら、さすがに飛影が顔をまっかにして怒り出した。
「数を言えばいいってもんじゃないだろ! ありがたみがなくなるからやめろ!」
「……ありがたみ?」
「!」
 おもわず聞き返したら、まっかになったと思っていた飛影の顔がさらにまっかになった。
 ということは……やっぱり、『ありがたみがなくなる』ってのは『ありがたみがあった』という意味だったのか?
 そう思ったら、なんだかおれまで顔が熱くなってきた。
「なんか……すっげぇ感動……」
 飛影がおれの言葉をちゃんと聞いていて、しかも、それをうれしいと思ってくれてたなんて……。
「黙れ! これ以上、何か言ったら協力してやらないぞ!」
 いいかげん、飛影が本気でこの場から立ち去ってしまいそうな感じがしてきたから、思いもかけない言葉ももらったことだし、もうそろそろ引き下がってやろう。
「それは困る。わかった。皆と合流するまで、絶対にしゃべらない」
「最初からそうおとなしくしてりゃいいんだ」
 すげなくそんなことを言って、表情もひきしめて、それなのに耳たぶが赤かったりして――そんなアンバランスがいかにも飛影らしい。
 だけど、逃げられたら困るから、この言葉は心の中にしまっておこう。
『おれのそばにいてくれて、おれの言葉を聞いてくれて、おれのことを考えてくれて……ありがとう』

おわり

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